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茶道具買取 荒川豊蔵

荒川豊蔵

 昭和期を代表する美濃焼の名工と言えば、荒川豊蔵です。牟田洞古窯跡のある大萱に桃山時代の古窯を模した半地上式穴窯を作った後に、古志野の再現を目標に数々の名作を生み出した事でも知られています。「荒川志野」という、美しく独創的な作品を生み出す境地に達しました。その作風は後世に伝えられています。
 荒川豊蔵の生まれは1894年です。岐阜県土岐郡多治見町に生まれ、多治見市高田で製陶業を営んでいた陶祖・加藤与左衛門景一の家系で育ちます。多治見尋常高等小学校高等科を卒業した後には、神戸の貿易商能勢商店で働きます。1907年には多治見に戻っており、陶磁器貿易商木塚商店で働くこととなります。結婚などを経て、21歳の時に、木塚商店が名古屋で商売を始めたことにより、名古屋に移り住んでいます。25歳の頃に、教育者鈴木勲太郎と知り合いになり、彼の研究による特殊絵の具を使った手描きの上絵付き高級コーヒー茶碗をプロデュースし成功を収めます。しかし、その後に上絵磁器の事業に失敗して、心機一転、子供のころから得意であった絵描きを目指します。転々とした人物との関わりの中で、東山窯の工場長に抜粋されます。そして、東山窯に訪れた北大路魯山人と出会います。魯山人は約1年間逗留。この経験が荒川豊蔵を育て上げます。徐々に陶芸家としての作品を生み出し、大萱窯で、志野、瀬戸黒、黄瀬戸、唐津などを製作します。
 大阪梅田の阪急百貨店で初個展を開催し成功。これ以降、数々の個展などを開きながら、陶芸の深みを生み出します。文化勲章受章も受賞しており、その名声も高めて行きます。信楽、備前、丹波、 萩、唐津、備前など各地を周り作陶し、生涯現役であったのです。

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