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「薮内家[八代]_竹猗紹智_真々斎」
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薮内家[八代]_竹猗紹智_真々斎

薮内家[八代]_竹猗紹智_真々斎

 時代の節目には必ずといっていいほど優れた宗匠が登場するのは偶然か、それとも時代の要請によるものなのか、それは分かりませんが、他の流派同様、激動の幕末にあって、その哲学と優れた指導力、そして才能を遺憾なく発揮した薮内流の異才が八代宗匠の竹猗でした。
 竹猗は、六代 比老斎の養子に入った通玄斎の実の息子です。通玄斎は俳諧の開祖松永家の出身で、彼自身は夭逝しましたが、その血は息子の竹猗に受け継がれます。竹猗が宗匠として行ったことは何か。それは、激動の時代に当たって、改めて当家に伝わる流儀を再確認し、再構築することでした。相伝書をくまなく検討し、流儀を確認し再度確立します。また地方に散在する窯元の陶人たちに手紙を送り由緒を改め、その地位を確立するようなこともしています。非常に謹直な人柄でも知られ、古文書を細やかに精査し、茶の湯の正道を捉えかえす作業も怠らず行っています。

見る者が背筋を正さずにはいられない何かを感じさせる作品

 茶の湯の歴史にあって竹猗の足跡で欠かせないのが、公武合体で14代将軍家茂に降嫁することになる和宮親子内親王に茶の湯の指導をしたことでしょう。薮内流が選ばれたときには「当世万世之面目ニ存上候」と書き記しており、内親王に茶の湯を指導する栄誉に浴したことを素直に喜んでいます。度重なる指導(とはいえ、決して直接拝謁かなったわけではありませんが)の後に降嫁される際には、自ら茶道具を調度し、嫁入り道具に加えています。この時の道具は、後に永楽家によって写しが作られ、その華やかで気品漂う姿を、蓋置、水指、杓立に見ることができます。
 茶道具については、歴代随一の博学泰斗にして目利きであると伝えられており、箱書きや極書などを多く残していますが、自らの手のものは思いのほか多くはありません。好み物も同様多くはなく、 利休伝来の風炉釜の写しを好んだものが残されています。その一方で優れた書の書き手であったことは特記されてしかるべきでしょう。晩年には有栖川流を能くしたと伝えられており皮肉にも感じますが、唐様の影響も受けた独特の力強い書風で、良く知られた一行書「遐齢相約幾千年」は見る者が背筋を正さずにはいられない何かを感じさせます。

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