梶田半古(かじたはんこ)

梶田半古

日本美術院で活躍し、新聞の挿絵などで数多くの人気を博した日本画家・梶田半古。彼は、明治から大正時代にかけて活躍した日本画家です。 明治3年6月25日、東京下谷御徒町で生まれた彼は、幼少期から絵の才能を発揮します。彼は、若いころから図案で生計を立てておりました。それらのデザインの中には、アール・ヌーヴォーの影響を受けている思われるものもありますが、決してものまねや盗作などではなく、オリジナリティあふれる表現がなされております。また、日本画と洋画を別のものと考えるのは間違いであるとして、自ら油絵を描いております。そして、明治35年ごろには、王朝の衣装からヒントを得て、現代風に気易くアレンジした衣服の図案を発表しました。しかし、この当時、一般には普及しませんでした。 他に、図案を描くために顕微鏡を使ったり、他の多くの日本画家に先駆けて、電話を引いたりするなど、先進的なものを採り入れることにも意欲的でした。

流行に踊らされ、評価される風潮を好ましく思わなかった梶田半古

彼は、明治30年代から40年代にかけて、雑誌や新聞の挿絵・口絵の制作に数多く携わっております。ただし、そうした作品を量産したのは、いい加減な気持ちからではなく、むしろそれらの地位を高めるためだったと言われております。本人の性格もあるのでしょう。明治38年には、新聞小説の挿絵を描く仕事をする機会が減ったものの、代わって、多くの絵葉書を描くようになります。この頃から巻き起こっていた日本の絵葉書ブームに乗って、彼は独自の境地を切り開くことになります。明治38年そのような仕事を数多く手がけたため、展覧会に出品するような大作を描く機会が減りました。ただ、彼は、流行に踊らされ、一般大衆の目を惹く大作ばかりが評価される風潮を好ましく思わず、自ら進んで文展への参加を拒んだのではないかとも考えられます。 彼の門下からは、次代を担う優れた人物が数多く輩出しております。ただ、知名度や功績が高い反面、作品の所在がつかめず、研究が進まないケースが多いという話です。

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