ポール・セザンヌ

ポール・セザンヌ

ポール・セザンヌ

ポール・セザンヌは、多角的な視点を採用し、堅牢で造形的な画面を構成した作風で知られる「近代絵画の父」と呼ばれる洋画家である。 セザンヌは、1839年、南フランスのエクスと呼ばれる場所に生まれた。父は商売で財を成し、自らの銀行を設立するほどの人物であったため、裕福な家庭に育った。中学では、後に作家となるエミール・ゾラと知り合い、親友となった。セザンヌは、父親の意向でエクス大学の法学部に進学するが、同時に絵画の勉強も始めていた。このとき、ゾラは、セザンヌに早くパリに出て本格的に絵画の勉強をするように勧めている。父親の意向に反するものであったが、結局、セザンヌは大学を中退し、パリにでて絵画の勉強を始めた。 セザンヌと父親の確執はその後も続くことになり、セザンヌの人生において大きな懸念であったといえる。セザンヌは、27歳のときに「画家の父」というタイトルで、室内で椅子に腰かけて新聞を読む父親の姿を描いている。画面は暗く、古典的な洋画である。描かれた姿は、厳格でともすれば威圧的な印象であり、親子の関係性をうかがうことができる。

セザンヌの作品を変えた出会い

1869年にオルタンスと出会い、その後長男のポールが生まれる。このころから、セザンヌの作品は、明るい色調に変わり始める。セザンヌは極端に人付き合いの苦手な人物だったが、息子のポールに対してはいつも変わらぬ愛情を注いだといわれる。 セザンヌが生涯を通じて繰り返し描いたのが、故郷エクスのサント・ヴィクトワール山である。山は、様々な青で平面的な絵筆により色彩が置かれている。その下に続く、これもまた平面的に色彩を置くことにより描かれた田園との色彩的・構造的な調和がすがすがしい。対象物の独自の形態のとらえ方は、洋画において特にキュビズムなどに大きな影響を与えた。 セザンヌの対象に対する探究心と冷静な視点は、今もなお多くの画家に影響を与え続けている。

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