ラウル・デュフィ

ラウル・デュフィ

ラウル・デュフィは、1877年、フランス北西部のル・アーブルに生まれた。父は鉄工所で生計を立てていたが、教会のオルガン奏者でもあり、母はヴァイオリン奏者であった。一家は音楽好きの家族であり、デュフィは9人兄弟の長男であったが、この兄弟のうち2人の弟は音楽家となっている。このような環境で育ったデュフィも、洋画家でありながら終生音楽を愛しており、音楽をテーマにした絵画も数多く描いている。

働きながら絵画の勉強に励んだデュフィ

一家は貧しく、14歳のときに、デュフィは家計を助けるため、中学校を離れて貿易会社で働き始めた。その後、18歳のときに、市立美術学校の夜間講座に通い始める。そして、23歳のときには、奨学金を得て、国立美術学校に入学し、本格的に絵画の勉強を始めることとなる。この時期、ジョージ・ブラックと親交を深め、印象派の画家の影響をうける。ブラックとは、後に一緒に絵画の制作を行うなどしている。 美術学生時代を終え、デュフィは、洋画家でありながら生活のため木版画の制作をしたり、布地のテキスタイルデザインの仕事をしたりする。また、ジャン・コクトーの舞台デザインを手がけたりもしている。デュフィのオリジナリティ豊かな装飾性に富んだ画風はこのときに培われたものと思われる。

今なお愛され続けるデュフィの感性

デュフィが60歳のとき、パリ万国博覧会パビリオン「光の館」を彩る壁画で描く仕事が舞い込む。このとき描かれたのが、「電気の精」である。ここでは、アリストテレスからエジソンまで、科学の進歩に貢献した110にも及ぶ科学者たちが描かれている。青やピンク、緑など色彩がリズミカルに踊っており、その色合い、筆遣いは実に柔らかで心地よい。長さ60メートル、高さ10メートルにも及ぶ大作である。 この後、多発性関節炎にかかり、絵筆を取ることに苦労してしまうが、発症後も、数々の素晴らしい水彩画を残している。中でもデュフィの描く花々は可憐ではかなく、鮮やかな色使いで一瞬を切り取るものであった。デュフィは、「花火と花束はちょっと似ている」という言葉を残しており、それは、洋画でありながら日本画にも通じるものがあるといえる。そして、その感性は今なお多くの人々に愛されている。

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