ラグーザ玉

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ラグーザ玉は江戸から昭和にかけて活躍した女性洋画家です。夫は彫刻家のヴィンチェンツォ・ラグーザで、彼女自身も西洋名を持ち、エレオノーラ・ラグーザと名乗っていた時期もありました。江戸から明治の激動の時代にイタリア人の夫を持ち、50年以上に渡る制作時期の大部分をイタリアで過ごした異端の画家です。ラグーザ玉は江戸末期の文久元年(1861年)、現在の東京都港区に生まれます。父親は寺の管理人の仕事をしており、その影響もあり、小学校に上る前から日本画の手ほどきを受けます。ラグーザ玉の画家としてのキャリアはヴィンチェンツォとの出会いから始まります。1877年、工部美術学校に入学したラグーザ玉は教鞭を執っていた彫刻家のヴィンチェンツォから西洋がの指導を受け、ヴィンチェンツォ自身の作品のモデルになりました。恋愛の末、出会いから2年後の1880年にヴィンチェンツォと結婚したラグーザ玉はその2年後に夫婦でイタリアに渡航し、パレルモ大学美術専攻科に入学します。大学での講義と創作の中で洋画の技術と経験を積み、ラグーザ玉はヴィンチェンツォの創立した工芸学校で講師を勤め始めました。その頃からラグーザ玉の作品は国際的な評価を受け始めます。拠点を置いたイタリアのパレルモのほか、モンレアーレ、シカゴなどの展覧会で数々の賞を受け、当時では珍しい女性の芸術家ということもあり、一躍時代の寵児となりました。しかし、同じ芸術家としてのパートナーであり最愛の夫であったヴィンチェンツォが1927年に死去します。ヴィンチェンツォの遺作の整理の後の1933年、ラグーザ玉は実に51年ぶりに日本に帰国します。このときすでに72歳でした。帰国してからのラグーザ玉は創作活動に専念しますが、1939年に自宅で脳溢血を起こし、79歳の人生に幕を下ろします。ラグーザ玉は日本国内よりもむしろイタリアを中心とする海外での人気が高く、『春』、『天楽礼讃』、『昇天祭の夜』などの代表作で知られます。50年余りを過ごしたイタリアのパレルモの風景を中心に描いた秀作が残されており、彼女の特異な人生は多くのコレクターに少なからずショックを与えました。

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