古書 上杉謙信

古書 上杉謙信

上杉謙信

骨董買取・上杉謙信。軍神と謳われた戦国大名

 上杉謙信と名を改める前は、長尾景虎という名前でした。兄の長尾晴景から家督を継いだ後、関東管領であった上杉憲政に家督を譲られ、名を上杉政虎としました。上杉謙信という名は、その後、室町幕府から関東管領の任を受けたさらに後、剃髪してからの名です。上杉謙信は長らく内乱が続き、平穏から遠ざかっていた越後国をようやく統一します。越後国を統一した上杉謙信は、産業を復活させ、越後国に繁栄をもたらしました。彼は、織田信長武田信玄といった、戦国に名を轟かせた数々の武将と合戦を繰り返したことから、越後の龍や、軍神として後世へと語り継がれていくことになります。
 そんな上杉謙信には跡継ぎがいませんでした。そのため、跡継ぎ争いが起きたという話も語り継がれています。しかし、子を持たなかった上杉謙信にも、愛情を注いだ人物がいました。それが甥の喜平次、後の上杉景勝です。上杉謙信は関東遠征などの任についている時、甥の喜平次へ手紙を出しています。喜平次は戦勝祈願のお守りを送り、上杉謙信はそれをとても喜んでいたそうです。その手紙には、喜平次からの手紙を嬉しく思うという気持ちが何度も書き綴られています。そして、字が上手くなっていく様子を喜平次の成長に見立てていたのか、上杉謙信は手紙と共に、字のお手本を送りました。そのお手本は現代にも多く残っており、ひらがな、カタカナ、漢字と、上杉謙信の甥に対する深い愛情を感じられるものです。お手本を送ったのは軍神と謳われた上杉謙信の、人間としての親心だったのでしょう。当時の戦国武将達と渡り合い、刃を交えていた上杉謙信。しかし彼は、相手に恐れを抱かせるような越後の龍、軍神という二つ名を持ちながら、人間として甥に深い愛情を注いでいたのです。戦や幕府からの任に疲れていた上杉謙信にとって、甥からの手紙はそんな疲れた日々を癒してくれる大切なものだったのでしょう。

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