中川紀元

中川紀元

中川紀元 八ヶ岳遠望

日本の洋画家、中川紀元は長野県生まれです。画家を志し、東京美術学校に入学、当時は彫刻科に入学しています。しかし、同学校を中退し太平洋画会研究の本郷研究所に通い彫刻を捨て洋画の世界に目覚めます。その転向を支えたのが藤島武二であり石井柏亭や正宗得三郎にも師事し、徐々に頭角を表していきます。その後の1915年には二科展に初入選、フランスへの渡欧もしています。中川紀元の得意とする分野はフォービスムを基調とする作風です。当時の日本ではなかなか浸透することのなかった新潮派のフォービスムを、紹介し普及する活動も同時におこなっています。そのきっかけとなったのが渡欧の際に師事をしていたフランスフォービスム界の巨匠、マティスの存在です。このマティスに師事していた中村は、自分の本当に描きたいものをここで学んでいます。数多くの素晴らしい作品を残す中川ですが、芸術への探究心は深く、フォービスムに明け暮れた日々を過ごすと思いきや、大正デモグラシーの華やかな時代の頃の前衛的な雰囲気に身を委ねていたかと思うと、晩年には水墨画にも興味を示し、独特の解釈で作品を作り上げていきます。しかし、それも飽きてきたかと思えば、次は文筆活動も行うなど多彩な才能を繰り広げているのです。そんな中川紀元の作品で有名なところでは「関紫蘭女子像」です。1930年に絵画家かれたこの作品は、物悲しげな目線を送る黒に身を包む婦人が描かれた作品です。悠揚とした、大胆な陰影の描き方や豊な表情の描写など当時から中川紀元の才能を伺い知れる基調な作品となっているのです。またその30年後ほどに制作されている「野尻湖落暉」は中村晩年時の作品です。様々な美術様式を繰り返し学び、そしてその画術としてフォービスムに回帰した力強く、大胆な作品です。荒々しくも正確に描写されたその色彩の構図にはまさに彼の描く、人生そのものがあ投影されているのかと感じ取れる程です。自己感情をほとばしらせる、躍動感に満ちあふれた作品です。美術界においても帝国美術学校や文化学院の講師を歴任しており、教育者の立場としても大きく貢献をしています。日本にこのような素晴らしい洋画家がいたことを忘れてはならないのです。

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