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佐伯祐三(さえきゆうぞう)

佐伯祐三

佐伯祐三は昭和初期に活躍した大阪市出身の洋画家です。 現代の東京芸術大学の前身である東京美術学校を卒業した後、単身パリに渡り、代表作のほとんどをパリで制作します。 佐伯祐三の作風は「内面の告白」に集約され、鋭い感受性で自己の内面を徹底的に描いたその作品は観る者を圧倒します。 『ガス灯と広告』、『郵便配達夫』、『ロシアの少女』、『モランの寺』などの代表作は晩年のゴッホやユトリロを思わせる激しいタッチで描かれており、決して他人を追従しない徹底した自己批評の精神が窺えるでしょう。

佐伯祐三の芸術観を大きく変えた出来事

しかし、東京美術学校時代の佐伯祐三はどちらかと言えば穏やかな筆致の作風でした。 その作風、芸術観が決定的に変わったのは渡仏直後のことで、巨匠ヴラマンクを訪ねた佐伯は大きなショックを受けます。 佐伯が持参した作品の『裸婦』を見たヴラマンクは火がついたように怒り、「このアカデミズムめ!」「絵画から生命感を感じない!」「他人の真似をするなら絵など描くな!」と罵詈雑言を浴びせかけます。 ヴラマンクは独学で絵画を学んでおり、赤や青などの原色を荒々しく使うフォーヴィスム(野獣派)の大家でもありました。 また、それと同時に、絵画を通じて常に自分との戦いを繰り広げたゴッホをヴラマンクは心の底から尊敬していました。 一方、佐伯は洋画家にとって憧れの地であるパリに足を踏み入れた、いわば地方の「お上りさん」で、個性を何よりも尊重するヴラマンクにとってはそれが我慢ならなかったのでしょう。 初めは画家の本場パリの街を浮き立つ足取りで闊歩する佐伯でしたが、その出来事で大きなショックを受けた佐伯は作風を劇的に変化させます。 代表作の一つである『立てる自画像』では、自画像の顔の部分が佐伯自身の手によって無残にもナイフで削り取られています。 その頃の佐伯の痛ましいまでのショックと、自分自身の内面を告白し、新しい芸術を創るという決意がありありと見て取れます。 その後も佐伯は自己批評と革新の色が見られる作品を多く制作しますが、持病の結核が悪化し、わずか30歳でパリの地で夭折します。 佐伯祐三の死後80年以上経った今日でも、その人気は全く衰えません。 佐伯の作品が私たちを惹きつけて止まないのは作品の完成度の高さだけでなく、何度も自己超克を繰り返し、常に自分自身を向き合い続けた佐伯の人間性に共感できるからでもあるでしょう。

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