北川民次

北川民次

北川民次

洋画家、北川民次は1894年、静岡県で生まれました。1914年に早稲田大学を中退、渡米し、ニューヨークの地で舞台制作職人として働きます。職人として働く傍らアート・スチューデンツ・リーグでスローンという人物の指導を受け、絵画制作の基礎を身につけます。同時期に国吉康雄もアート・スチューデンツ・ギャラリーに在籍しており、彼とは学友でありました。ニューヨークで学んでいた北川ですが、当時のアメリカ芸術に絶望してしまいます。そして、アメリカを放浪、キューバを経て、1921年にメキシコに移り住みます。当時のメキシコでは大壁画運動の真っただ中であり、美術を民衆のものにすることを目指した活動が多く見られるようになっていました。主に児童に対する美術教育の熱が高まっていた時期と、メキシコ移住の時期が重なったことは北川にとっては幸運なことであったといえるでしょう。メキシコ在住時に、北川自身が壁画制作に携わることはありませんでしたが、美術学校の校長を任せられ、児童美術教育に専念することになります。余談ですが、北川は、日本の児童美術教育にも大きな影響を与えました。1957年に児童美術研究所を設立するなど、日本での美術教育活動も現在では高く評価されています。メキシコ市郊外トラルパンの野外美術学校、タスコでの児童美術教育を10年間行なった北川は、1936年に帰国します。メキシコの題材を扱い、壁画的であり、大胆な作風の作品を立て続けに発表していきます。「メキシコの画家」として認知されていった北川は、二科会の会員となり、日本の地で画家としての地位を獲得していきます。また、第二次大戦中に瀬戸に移り住んだ北川は、窯業の盛んな瀬戸の街、そして瀬戸で働く人々を愛し、彼の作品にはそれらがたくさん描かれています。現在、愛知県瀬戸市には北川のアトリエが残っており、年に1、2回、一般向けに公開しています。工場跡を再利用したアトリエは、土地の雰囲気を出しており、一見の価値があるでしょう。

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