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古書 小堀遠州

小堀遠州

茶人としてだけでなく、様々な分野で活躍を続け、多彩な姿を見せた江戸初期に活躍した芸術家が、骨董買取・小堀遠州です。古田織部から茶湯伝授を受けるなど、茶人として非常に高名です。さらに備中松山藩第2代藩主として、高い地位にありながらも、その磨き抜かれた芸術的なセンスで、秀逸な作品を生み出し続けて行った希代の男として知られています。さて、そんな小堀遠州は1579年に近江国坂田郡小堀村の土豪、小堀正次の長男としてこの世に生まれています。 小姓でもあった小堀遠州は、豊臣秀吉の給紙係を努めたり、利休とも出会うなど若きことより、様々な偉人と触れ合っています。さて、1598年に秀吉が他界すると、徳川家康に仕えることとなります。さて、そんな小堀政一なのですが、茶の湯のジャンルでも素晴らしい仕事を残しています。 例えば、きれいさびと名付けられており、遠州流として広く名前が知れ渡っています。さらに、和歌や藤原定家の書を学んでいたこともあり、王朝文化の美意識を茶の湯の中に取り入れていったことでも知られています。 生涯においては、400回という数の茶会を開いており、その参加者は、大名や公家、旗本、町人などあらゆる階層の人物を2000人ほどは招いた言われています。 また、遠州の名は駿府城作事奉行をつとめあげ、その功により諸太夫従五位下遠江守に叙されたことでつけられた名です。 茶道具には、和歌や枕詞が多く用いられ、後世中興名物などとも呼ばれるようになっていきます。さらに、小堀政一といえば華道も非常に有名です。この小堀遠州の華道は、遠州の茶の作法の流れを汲むような春秋軒一葉においては、挿花「天地人の三才」を確立します。 こういった、茶の花から独自の花形へと展開していった文化には、小堀遠州の存在が欠かすことができなかったのです。 さて、小堀遠州は、非常に文化人との触れ合いが多く、八条宮智仁親王や近衛応山、木下長嘯子などといった、当時の一流文化人とも交流を持ち続けています。江戸より、上洛途次の歌入日記の中でも様々な内容のものが語られており、文学趣味も非常に高いレベルであったと言われています。 また、功績としては、備中国で盛んに栽培されていたという柚子をふんだんに使い、結果的に独自のゆべしを考案するなど食文化への貢献もあったようです。小堀遠州にまつわる古書は様々残されており、古書買取にとっても、とても貴重なものです。日本を動かす第一人者として、今でも語り継がれていくことでしょう。

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