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古書 松尾芭蕉

松尾芭蕉

江戸を立ったのち、東北から北陸を巡り、岐阜大垣まで旅した紀行文「おくのほそ道」が有名な骨董買取・松尾芭蕉。数々の俳句を生み出し、日本のみならず世界的にも有名な史上最高の俳諧師の1人として広く知られています。1644年に現在の三重県、伊賀国で生まれた松尾芭蕉。出生地などには疑問点も多く、伊賀市上野赤坂町、現在の伊賀市柘植という説があります。 土豪一族出身の父と百地氏出身の母のもとに次男として生まれた松尾芭蕉。身分は農民であったといわれいます。13歳の頃に父が他界しており、兄が家督を継ぐことになっていますが、生活は困窮を極めていたと言われています。そのため、松尾芭蕉自体、侍大将の藤堂新七郎良清の嗣子・主計良忠の厨房役として努めたと言われています。 しかし、それも定かではないと言われます。そして、その後には京都にいた北村季吟に師事をしています。ここより俳諧の道に入ります。松尾宗房という名で活動を続けることとなった、松尾芭蕉は日々の研鑽とともに高い評価を獲得し続けます。29歳のころには貝おほひを上野天満宮に奉納しており、非常に若々しいテンポの良い作品に仕上がっています。 その後、江戸に行くとより様々な人物との交流と作品を生み出し続けます。俳諧人として作品を生み出し続けるだけでなく、批評なども依頼されることもあり、結果的に『俳諧関相撲』の18人の傑出した俳人に選ばれています。そして、その当時、松尾芭蕉は住まいを江戸の深川に移しています。談林諧謔に限界を見た、という意見もありながらも、俳諧の純粋性を求め、今一度世間と背を向けて俳句を詠む道を選択したと言われています。 そして、日本を旅し、そこでの紀行文として「奥の細道」を制作。表紙では、自筆で題名を記して私蔵しているとも知られています。数々の名作を生み出し続けた、史上最高の俳諧師、松尾芭蕉。 古書買取においても、非常に高価な価格で取引をされており、現在でも価格は上がっています。俳句という世界を築き上げ、今世に至るまで多大な影響力を持ち合わせている松尾芭蕉。彼のたどった道そのものが、芸術なのかもしれません。

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