古書 武田信玄

武田信玄

戦国時代を代表する武将であり、甲斐の守護大名・戦国大名であった骨董買取・武田信玄。甲斐源氏武田家第18代である武田信虎の嫡男にあたり、甲斐本国はもちろん信濃に駿河、西上野さらには遠江、三河と美濃の一部を領した大名です。 1536年には元服しており、室町幕府の第12代将軍・足利義晴から「晴」の名を取り、「晴信」に改めます。1541年には、甲府へ帰陣し、晴信や重臣の板垣信方に甘利虎泰、飯富虎昌ら達が信虎の駿河に追放します。そこで、結果的に、晴信が武田家の第19代目の家督を相続することとなりました。 その後、信濃国の平定が行われいます。小田井原の戦いでは武田軍に笠原連合軍に大勝しており、信玄法と呼ばれている甲州法度之次第を制定することになります。そして、1553年に東信自体も、武田家の支配下に入ることとなり、北信を除き信濃を平定することになったのです。さらに、武田信玄と言えば川中島の戦いも有名でしょう。さらに、外交方針の転換を迎える頃には、今川や北条との戦いも始ります。 その後も、甲相同盟の回復に尽力を尽くしたり、西上作戦を実行したりと、戦国時代に活躍を続けます。数々の伝説を残す武田信玄ですが、その人物像は意外なものでした。文書を多く残していたことでも知られる武田信玄ですが、花押によるもので約600点にも昇るとのことです。 さらに、印判を採用しているものが、およそ750点残されていることも分かっています。さらには、署判不詳が100点、家臣が関与したと言われているのが50点の約1500点にもなります。しかも、私的な文章などでは無く、全て公的なものであったことから、武田氏自身の教育的なことなどは、未だ不明点が多いとされています。 また、武田信玄は京より、様々な公家を招いては詩歌会・連歌会などを行っていたようです。自身の作品も多くあり、為和集、心珠詠藻、甲信紀行の歌などで優れた作品と称されているほどです。古書買取でも、武田信玄にまつわるものは高価な価格となります。一時代を築いた大武将、武田信玄。書など、文化人としての一面も高く評価されているのです。

銀座本店
〒104-0061
東京都中央区銀座5-4-15 西五ビル1F

※9/25(月)に限り、17:00~臨時休業とさせていただきます。

大阪本店
〒556-0011
大阪府大阪市浪速区難波中3-16-5

銀座店
〒104-0061
東京都中央区銀座5-4-14 銀成ビル1F

※9/25(月)に限り、17:00~臨時休業とさせていただきます。

横浜本店
〒231-0023
神奈川県横浜市中区山下町25-2
インペリアルビル 1F

※9/25(月)に限り、16:00~臨時休業とさせていただきます。

名古屋本店
〒460-0002
愛知県名古屋市中区丸の内1-10-19
サンエイビル 1F

京都本店
〒604-8142
京都府京都市中京区錦小路通東洞院
東入る西魚屋町612-12

広島本店
〒730-0004
広島県広島市中区東白島町
19-83 1F

博多本店
〒812-0013
福岡県福岡市博多区博多駅東2-2-13
博多駅前ビル1F

北海道[札幌/函館]
東北[青森/岩手/宮城/秋田/山形
      /福島]
関東[東京/銀座/神奈川/横浜/埼玉
      /千葉/茨城/栃木/群馬/山梨]
信越[新潟/長野]
北陸[富山/石川/福井]
東海[愛知/名古屋/岐阜/静岡/三重]
近畿[大阪/難波/兵庫/京都/滋賀
      /奈良/和歌山]
中国[鳥取/島根/岡山/広島/山口]
四国[徳島/香川/愛媛/高知]
九州[福岡/博多/佐賀/長崎/熊本
      /大分/宮崎/鹿児島/沖縄]

古美術八光堂本社ビル

株式会社 古美術八光堂
大阪本社ビル

大阪市浪速区難波中3-16-5

ページトップへ