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表千家[十代]_祥翁宗左_吸江斎

一燈宗室_又玄斎

10代目吸江斎は、わずか9歳で家元を継ぎ、30年にわたる代継ぎの間、不安と喧騒を増す江戸時代末期の茶道を守り抜くために尽力した宗匠です。苦労の絶えない人生であったのか享年はわずか42歳でした。 幼くして表千家を継いだ彼を支えたのは隠棲した徳川治宝郷でした。吸江斎の父、了々斎に茶を学び、当時の武家としては非常に珍しく皆伝まで授かった風雅の士であった治宝郷は、後見を付け、吸江斎の長ずるのを待って19歳のときに皆伝を授けました。利休正統の茶の流れは治宝郷なくしては成らなかったという意味でも、今なお表千家では治宝郷の恩顧を忘れずにいるそうです。こうしたいきさつもあり、吸江斎は治宝郷と親交が厚く、好みにも影響を受けたといわれています。そのひとつが紀州御庭焼です。御庭焼とは、文字通り藩主の館の庭で茶碗を焼くという催しで、了々斎の代に始まりました。了々斎没後は中断していましたが、吸江斎の出仕が始まると再び始まります。 そこには十職の楽家が参加したのはもちろんですが、当時紀州の名だたる窯元が参加し、男山焼、瑞芝焼、変わったところでは瓦を焼く窯であった甚兵衛焼も加わり、数多くの名器を残しています。御庭焼で焼かれた品は多くが伝来しており、吸江斎の書付も多く残されています。吸江斎の好みだけでなく、治宝郷の好みもうかがい知ることのできる貴重な逸品といえるでしょう。

一瞬のきらめきのような好み

吸江斎の好みは、作法は古流ながら、はっと目を引く華やかさが潜み、洒脱さも持ち合わせています。そのさりげない感覚の発露は、もちろんすべての茶道具に見ることができますが、ときに茶道具では珍しい白木の棚、小卓に顕著に見ることができるでしょう。 茶道具の好みに時代性を見出すのはうがった見方かもしれませんが、吸江斎の一瞬のきらめきのような好みには、ひとつの時代が終焉を迎える際の最後のきらめきが潜んでいるのかもしれません。明治維新が成ったのは吸江斎が逝去してから8年目のことでした。

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