[釜師] 大西清右衛門(おおにしせいえもん)

 茶道の千家に指定された茶道具類をつくる世襲の家柄「千家十職」うち、大西家は釜師の家である。室町時代後期、1500年代後半から400年以上続く家系で、現在は十六代清右衛門が当主。六代目浄元から千家出入りとなり、以降九代目を除き、歴代当主は清右衛門を襲名している。
 当主を退き、隠居になると「浄」のつく号を使う。 大西家は現在も平安時代から鋳物の町として栄えた京都三条釜座(かまんざ)に工房を構えている。大西家の家祖はもともと京都南山城の国、広瀬村である。大西に改姓する前は広瀬姓だった。 初代浄林はふたりの弟とともに上洛、のちに方広寺の梵鐘を鋳造した名越三昌に弟子入りし、三条釜座の座人になった。 弟のうちひとりは大西家きっての名人といわれる二代目、浄清である。 兄弟らは鋳物師として次第に頭角をあらわし、しばらくすると千利休の高弟で織部流開祖の茶人、古田織部に仕えた(織部は大阪の陣後、徳川により切腹を命じられる)。
 豊臣の世が終焉し、江戸時代になると二代目浄清はその技量を高く評価され、幕府御用釜師としてお抱え職人となり、三代目定林が江戸に定住して江戸大西家が始まった。

いつの時代も「遊び心」を忘れていないのが大西清右衛門の釜

 釜は茶室の中心にあり、最初から最後まで茶席にある「主」でありながら、茶道具の中ではきわめて地味で、もっぱら脇役に甘んじてきたといってもよい。鉄の重厚感はともすれば威圧感となり、野暮な存在になってしまう。 の世界はなにより調和が重んじられるから、ぞんざいであってはならず、使いやすさを追求しながらも端正で、精巧さと雅さを失ってはならなかった。
 また、一概にといってもその素材(組合せ)、肌合い、念入りに施されたレリーフや蓋などディティールはさまざまで、歴代随一と称される浄清の「鶴ノ釜」は、釜を鉄の美術品の域に高めた作品といってよいだろう。 翼を広げた鶴の意匠の平釜は、技術と創造力両方の限りない挑戦でもあった。だが、時代が変われば、完璧な技法と同じ材の入手は難しくなる。 歴代の大西清右衛門たちは、先代の伝統を受け継ぎながら、たえず気概にあふれ、新たな試みに挑んできた。 釜づくりはやってみなければわからないという果敢さと、いつの時代も「遊び心」を忘れていないのが大西清右衛門の釜なのだ。 そしてそれらの釜は錆び、荒れ、いっそう味わい深くなって後世に残るのである。

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