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小堀流[三世]_小堀正恒_宗實

小堀流[三世]_小堀正恒_宗實

 小堀流三世と数えられる宗實は、父宗慶と並んで小堀流の基礎を築いた人物です。有職故実にも長けており、父同様、朝鮮通信使来日の際にはその御馳走役を務めたほか、東照宮の祭礼奉行を務めています。
 茶道上の業績として挙げられるのが、『遠州蔵帳』(『小堀家器財帳』とも)の基礎となる、収蔵物の管理と記録です。これは小堀家三代に渡る茶道具の来歴をまとめたものです。遠州の自作・好み物はもちろん、所有した道具、または好んだ道具、さらには見聞きした道具までを含み、これに二世宗慶、三世宗實が触れた道具も同様に含まれます。後代に伝わる遠州蔵帳は写本が複数あり定本がありませんでした。昭和13年に、明治の数寄者で日本文化の立役者であった益田鈍翁がもっとも信頼性の高い写本から編纂した『遠州蔵帳図鑑』によると、記載されている道具は730点余、現存するものは百数十、いずれも名品の呼び声高いものばかりとされています。
 1万数千石といえば、決して大身の大名と言えず、有名無名問わずこれだけの茶道具を求めるには相当の資力が必要であり、当然次第にこれらの茶道具は散逸していくのですが、実物がなくともその記録を「縦覧すれば自ずから遠州其人の茶風と好尚とを窺う事得べし」(『遠州蔵帳図鑑』)とあるように、かつての茶道のあり様や道具に対する考え方はもちろん、遠州流の歴史研究においても、この遠州蔵帳が後世に与えた影響は決して少なくありません。

 茶道具の好みについて伝わるところは多くありません。先代から茶の湯をしっかりと学び、三代に渡る茶家として終生過ごしました。しかし、書は松花堂流の藤田乗因に学び腕を発揮するなど、美における才能は目を見張るものがありました。46歳にして、江戸城への登城中に急病で倒れ江戸屋敷にて逝去。その早すぎる死は歴史的に見ても惜しまれるものでした。跡継ぎとなる万助はわずか10歳の時です。

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