小堀流[二世]_小堀正之_宗慶

小堀流[二世]_小堀正之_宗慶

小堀流[二世]_小堀正之_宗慶

 小堀遠州の息子、宗慶は父遠州に茶の湯の薫陶を受け、小堀流の基礎を固めた人物として知られています。また、彼自身優れた美の才覚の持ち主であり、特に書に優れた手を見せています。その能書振りは幼少時から知られており、わずか8歳にして宮中に召しだされ、後水尾天皇、東福門院、そのほか大勢の公家たちの前で揮毫するという栄誉に浴しています。そこをたまたま通りかかった西洞院時慶がそのさまを見て、その手の良さに感動し、一枚短冊を所望したと日記『時慶記』に書き記しています。
 父遠州が逝去した際には、その遺物を縁のあった家、人物に多数贈っています。その数およそ360点。茶入が108点と圧倒的に多く、遠州が特に茶入を好んだことがうかがえます。前田家、酒井家のほか、拝領品の一部は将軍家にも献上しています。こうした遺品整理をはじめ、残した道具の整理と書き出し、教えを文書にまとめるなど、小堀流の基礎となる事業を行いました。『遺物帳』は遠州の好み物、所有物をまとめたものですが、現在に伝わる形で編纂したのは宗慶であり、彼自身の好み、所有物も記載されています。
 幼少時より父遠州の傍仕えをしていたために、多くの茶会にも同席しています。遠州が品川林中に茶亭を作り、三代将軍家光を招いて献茶をした際には宗慶が給仕をつとめたと記録にもあります。こうして間近で遠州の茶を見て育ち、自らも熱心に学んだために、遠州の茶の湯を非常によく受け継いでいたそうです。それは、晩年の53歳のときに開催した江戸屋敷で行った33回にも及ぶ茶会の道具立てによく表されています。 27歳で家督を継いだ際には、近江小室、1万三千石の小大名でした。父遠州の遺言により、遠州が務めてきた伏見奉行職を受け継ぐこともなく、父が公職に奔走したのとは対照的に大きなお役目に付くことは少なかったと伝わっています。しかし、茶の湯を通じ、多くの大名たちと交流を持ち、請われれば茶の湯を指導し、茶道具を作り、茶会を催す風雅な人生を送っています。

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