小堀流[五世]_小堀正峯_宗香

小堀流[五世]_小堀正峯_宗香

小堀流[五世]_小堀正峯_宗香

 小堀流五世を継いだ小堀正峯は、三世宗實の三男で、四世宗瑞とは兄弟になります。宗瑞が29歳で夭折、嗣子も亡くなったために、形式上、宗瑞の養子となって小堀家を継承しました。
 養子となる前は、父宗實から三百石を遺領として受け継ぎ、御小姓まで勤めていました。兄とは5つ違いで、小堀家本家を継いだのは24歳のことでした。本家を継いでからは、江戸城でお役目を歴任していきます。33歳で大番の頭、翌年因縁のある伏見奉行に就任、和泉守となり、幕閣としての将来を嘱望されます。その後、齢50を迎えて2回若年寄を務めるほどまでに出世しました。7代将軍家継、8代吉宗、9代家重の三代に渡って仕えており、その功績により譜代大名と同じ格式を許され、吉宗公遺物の韃靼人を画ける掛軸を拝領しています。

自らに対し非常に謹直であった正峯

 幕閣として小堀家の家名を大いに上げた正峯でしたが、同時に茶の湯に対しても大変厳しい人であったと伝えられています。幼少時には兄宗瑞とともに小堀家茶頭、桜山一有と、大叔父の小堀土佐守政武から遠州の教えをしっかりと学んでいます。また、小堀遠州流(小堀遠州の弟・正行を流祖とする茶流)の小堀正孝からも教えを受けたという記録も残っています。父に続いて兄もまた夭逝したことから、周囲からかけられる期待も大きかったに違いありません。その期待によく答え、自らに対しても非常に謹直であったのが正峯でした。
 茶の湯を巡る挿話にこんな話があります。ある時、正峯は政治の向きには優れるが、茶の湯はいかにと試す人があり、新しく作った茶室に正峯を招待したそうです。その庭では、わざと露地の飛び石の高さをひとつひとつ変えてあったのですが、露地に入った正峯はそれを一目で見抜き、一歩飛び石を歩くごとに一個ずつその高低を正したそうです。自らに厳しく生き、茶の道の精進を怠ることなく、職務上幕府にも尽くした謹直な彼の人柄がよく見える話として今も伝えられています。

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