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工芸品買取 河村蜻山
河村蜻山 美術陶芸として、美しく芸術的な陶芸を作り上げた明治以降の天才陶芸家が、河村蜻山でしょう。京が持つ染付、色絵などの美しく雅な艶やかさを、磁器に上絵付けで表現した特徴的な作風で、数多くの名作を世に生み出していきました。勲四等旭日小綬章を受章や芸術院恩賜賞など、陶芸家としても非常に名誉ある賞をいくつも受賞した、日本の陶芸家の中でも大家と言われる事で知られています。 さて、そんな河村蜻山は1890年に京都粟田焼陶工であった、河村卯三郎の長男としてこの世に生まれます。14歳の時に、京都市立陶磁器試験場へ伝習生として入学を果たします。そして、そして京都市立新古美術展に出品した作品が、何と受賞をしておりその名前を広める事になります。そして、その後も陶芸家として活躍を続けて行き、結果的に1921年には大日本窯業協会京都支部設立評議員をして活動をすることになります。 さらに、その3年後には京都美術工芸会の理事となり、広く陶芸界を広めるように尽力しています。そもそも、河村蜻山が評価される理由としては、近代陶芸での明治以降の美術陶芸として、実に珍しい存在であった事も理由のひとつとされています。さらに、その高い技術を駆使した京ならではの優美で艶やかな色彩。美しさの境地を常に摸索していた姿勢にも現れていると思われます。 さて、そんな河村蜻山なのですが、1929年には国際美術協会委員となり翌年には帝展の審査員になります。数々の団体において活躍をしていたのですが、京都での活躍は目覚ましいものでした。京都の工芸団体の日本陶芸協会などにも積極的に参加しています。しかし、1938年には千葉県の我孫子市に活動の拠点を写しています。そして、日展参事となったのちには、鎌倉浄智寺近に窯を作ります。 その後も、現役と役員を繰り返し日本に陶芸を広める努力を惜しみませんでした。今後、数百年経ったとしても河村蜻山の作品は評価され続けて行く事でしょう。彼こそ、世界に誇る陶芸家のひとりなのです。 河村蜻山の作品をお持ちの方は一度骨董買取に出してみてはいかがでしょうか。

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