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彫刻品買取 朝倉文夫

朝倉文夫

明治から昭和期にかけて活躍をした日本の彫刻家が、朝倉文夫です。東洋のロダンなどという異名を持ち合わせ、数多くのモダンな作品を生み出しつづけて行きました。娘は舞台美術家・画家の朝倉摂という事で、芸術一家と知られています。1883年に、大分県大野郡上井田村に生まれた朝倉文夫ですが、父親が村長であった事でも知られています。11人兄弟の5番目の子という大家族での生活でしたが、朝倉種彦に養子に出される事となります。そして、大分尋常中学校竹田分校卒業後、高校を受験しますが3度の失敗。今後の人生を心配した母親が、新進気鋭の彫刻家として既に活躍していた9歳年上の兄・渡辺長男を頼り上京します。新進気鋭の彫刻作家としても脂の乗り出してきた兄の仕事振りに魅せられていった朝倉文夫。
必至の勉強を重ね東京美術学校の彫刻家に入学する事となります。余程この入学がうれしかったのか、彫刻制作へと没頭する日々を送ります。そして、貧しい事もありモデルを雇う余裕の無いことから上野動物園で動物のスケッチをしていきます。ここで思わぬ出会いをします。貿易商との出会いです。貿易商の注文で動物の像の制作を始め一日に一体のペースで卒業までに1200体以上描いたという逸話が残っています。日々の努力からか、非常に技術が上がり、文部省が美術奨励のために開いていた第2回文展に『闇』を出展。なんと最高賞である2等を獲得する事となるのです。その賞をキッカケに数々の賞を受賞する事となり、名を広めて行きます。高村光太郎と並ぶ、日本を代表する芸術家として名を馳せた朝倉文夫は、アトリエを改築し「朝倉彫塑塾」を作り、新たな彫刻家の発掘に尽力をします。第6回文化勲章を受章、日本芸術院第一部長、日展の顧問など、数多くの名誉ある仕事の傍ら、まさに様々な彫刻作品を生み出しつづけ、国内各所にも朝倉文夫の作品が多く設置されています。素晴らしい彫刻品を生み出し注目され続ける作家のひとりとなっています。 朝倉文夫の作品をお持ちの方は一度骨董買取に出してみてはいかがでしょうか。

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