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掛軸 大山忠作

大山忠作

掛軸買取 大山忠作は、1922年に生まれです。日展の会長であった事でも知られており、様々な秀作を世に送り出してきた日本が誇る大家です。福島県の二本松出身の大山忠作は、染物業を営んでいた大山豊治の次男として生まれます。幼い頃から、安達太良山や阿武隈川など、大自然に囲まれた生活を送ってきた大山忠作は、後の滋味ある素晴らしい作品の数々を生み出す基礎をここで備えて行きます。二本松第二尋常高等小学校卒業後に、絵画の道を志す決心をした大山忠作は、上京。東京美術学校に入学する事となり、そこで日本画を基礎から学ぶ事となります。日々、日本画に向かっては知り続けてきた大山忠作ですが、現実は厳しく、当時の第2次世界大戦の戦況悪化で、繰り上げ卒業を余儀なくされます。そのまま、戦地へ向かう事になるのですが、無事帰国の途に着きます。終戦後に帰国している大山忠作ですが、絵画を描く事をその場ではする事ができず、日々をうろつきます。しかし、東京都美術館で開催中の第1回日展を見るなり、絵画への情熱を思いだしまた、絵画制作へと没頭して行く事となります。そんな、一心不乱な姿勢が功を奏したのか、次回日展では、何と「O先生」を出品し初入選を果たす事となったのです。この入選で画家となったのですが、おごり高ぶる事はなく、山口蓬春に師事しさらに自らの芸術に研磨をしていきます。日本画研究団体「一采社」に参加をするなど、精力的に活動していき、ジャンルとしても、宗教や花鳥図、さらには風景画など縛られる事なく、柔軟な発送で制作をしていきます。その後、数々の名誉ある賞を受賞していく大山忠作は、1999年には文化功労者、そして2006年には文化勲章受章など、画家として最高峰の名誉に輝きます。さらに、法隆寺金堂壁画再現模写へ参加をするなど、日本の美術界の邁進にも貢献しています。86歳の時、敗血症による多臓器不全によりこの世を去ってはいますが、彼の残した、美術への思いは永遠に日本美術界に語り継がれるものとなるでしょう。

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