掛軸 狩野芳崖

狩野芳崖

新しい日本画の創造を常に追い求め、そして数々の素晴らしい作品を造り上げてきた掛軸画の重鎮が、狩野芳崖です。代表作である「悲母観音」や「仁王捉鬼図」は、世界的にも評価が高く、日本において無くてはならい重要な存在として活躍をしていきました。そんな狩野芳崖は1828年に下関長府印内において、長府藩狩野派御用絵師であった狩野晴皐の息子としてこの世に生を受けます。父が絵師という家庭環境もあり、自然と父の後を継いで行く心持ちを持ち合わせ、日々鍛錬していきます。早熟と言われていた狩野芳崖は、幼少の頃に描いた作品が10数点残されていると言われ、全てが卓越した才能を感じさせるものばかりだったと言います。 19歳で、木挽町狩野家に入門しており、勝川院雅信に師事をします。その時も、評価は高く徐々に名声を挙げて行きます。そして、絵画を学び続けて行く狩野芳崖は、ついに藩から父とは全く別の絵師として、30石の禄を給されます。ここからm御用絵師として江戸と長府を往復する御用絵師としての生活が始まります。 しかし、様々な困難が降り掛かり、日給30銭で陶磁器の下絵などを描く貧しい生活を送り続けることとなり、困窮に困窮を重ねます。辛い日々を過ごしていた狩野芳崖が、彼の運命を大きく左右する出会いが訪れます。その出会いというのが、アメリカ人の美術史家フェノロサとの出会いです。 空気遠近法に明暗対比の効果などの技法を学び、刺激を受け、その技法を仏画や水墨画に融合して秀作を作り出します。この頃から、奇跡的なその作品に世間が驚嘆し、一気に狩野芳崖の名声が上がります。河鍋暁斎と菊池容斎と一緒に「近世の三大画家」とまで評される腕前となっていきました。 晩年においても、岡倉天心と一緒に図画取調所等美術学校の設立などに奔走し、未来の日本美術界の基礎を造り上げます。そんな、狩野芳崖は掛軸買取でも非常に貴重なものとされ、高価な価格で取引をされています。絵師という運命を選択し、困窮にも負けることが無く、その自らの運命を受け入れ大成させていった狩野芳崖。彼の歩んだ道は、未だ尚、我々の胸に響き続けて行くことでしょう。

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