掛軸 生田花朝

掛軸 生田花朝

生田花朝

大阪の風俗を描き続け、大阪府芸術賞などに輝くなど自らの郷土への愛を誓い続けていた画家、掛軸買取 生田花朝。彼女の功績は今も、大阪だけでなく日本全国で認められています。そんな、生田花朝は大阪生まれで、父は国学者生田南水でした。幼少の頃から様々な絵画だけでなく、芸術に触れて行くことで、画家として生きて行くことを決意していきます。しかし、女性としての生活も大切にしていた生田花朝は、絵画への本格的な介入は遅かったようです。24歳の時に、最後の大阪人画家と呼ばれていた菅楯彦に入門を果たします。ここでは、数々の絵画技法であったり歴史を学んで行ったと言います。有職故実から万葉、源氏の古典まで、とにかく全てを一から学び続けていきます。そんな努力が身を結んだのか、帝展に「春日」がついに初入選を果たします。しかし、実際この初入選を果たすまでには、9回もの落選を経験していることで知られ、彼女の婚期の強さなどを伺いしることができます。この入選をキッカケに、一気に才能を花開かすこととなり、翌年の帝展では「浪花天神祭」が特選となるなど、飛躍を遂げて行きます。落選当時から、大阪の風俗だけを1本に描き続ける頑固な姿勢も、諦めない心がより作品を洗練させていったのではないでしょうか。幼少の頃に体験した大阪での経験を、女性の目線で繊細に細やかに描いていったその索引は、風俗画の画壇とまで言われていたほどです。大阪に深く貢献していくことで、当然のように大阪で評価も高く、大阪市民文化賞、大阪府芸術賞なども受賞しています。プライベートでは、絵画に没頭したことで独身を貫いたことでも知られています。現在では、大阪府大阪市天王寺区茶臼山町の「大阪市立美術館」で、彼女の作品を多く見ることができます。掛軸買取に関しても、生田花朝の作品は人気があります。様々な風俗画の中でも、より繊細で独特な画風は未だ尚、人気を集めています。落選を繰り返しても負けない心、そして絵画への思い。生田花朝は、大阪を代表する素晴らしい女流作家だったのです。

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