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掛軸 菱田春草

菱田春草

斬新な技法を用いて、美しく果無い幽玄を表現し続けた画家、掛軸買取 菱田春草。「落葉」「黒き猫」という日本美術の名作に残る大作を手掛けており、今でも多くの支持を集めている日本画壇の1人として知られています。さて、そんな菱田春草ですが、長野県飯田に1874年に生まれています。若き頃より、絵画の世界に憧れて上京を決意、1890年に東京美術学校に入学を果たします。当時、横山大観が後輩としていた事が有名です。さらに、その時の師であったのが、狩野派の末裔である橋本雅邦ということもあり、校長の岡倉天心の下、菱田春草は、大きな影響を受けたとも言われています。当時、過激な日本画への改革を押し進めてきた岡倉天心は、様々なトラブルと共に解任。それとも、横山大観なども去っていったのです。そして、そこで立ち上げられた美術団体、日本美術院の創設に菱田春草も参加することになったのです。全く新しい日本画を追求していた菱田春草は、輪郭線を廃した無線描法を試みた作品を多く描きます。しかし、この技術は当時、世間の非難を呼び、「朦朧体」と揶揄され、批判されていました。「賢首菩薩」なども、この技法を用いた為か、出品した展覧会では審査員の理解を得ることはできず、結果的に落選ということになったのです。さて、しかし代表作である「落ち葉」では、伝統的な屏風形式を用いながら、空気遠近法を融合。日本画が今まで成し遂げることのできなかった、合理的な空間表現を実現することに成功しています。この斬新な作風で、一躍話題となったのですが、何と腎臓疾患を患ってしまい37歳という若さでこの世を去ることになったのです。横山大観も、後に大家となりながら、菱田春草の方が優れているという発言を残すほど、日本美術界は、大きな宝を失ってしまったのです。掛軸買取に関して、菱田春草の作品は非常に高価な価格がつけられます。若くして他界しただけに、作品もそう多くはありません。批判に怯えることは無く、自らの世界観を貫き通した天才的画家、菱田春草。彼の存在によって、日本画の未来が変化したことは、いうまでも無いのではないでしょうか。

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