掛軸 谷文晁

谷文晁

四条派や土佐派、洋風画など様々な要素を取り入れただけでなく、その人脈なども広いことで知られている画家、掛軸買取 谷文晁。独特の世界観と繊細でダイナミックなその作品には、数多くの人間が注目をし続けています。そんな谷文晁は、1763年に生まれています。経済的に余裕のあったことと、父麓谷が田安家家臣であり、漢詩人として有名であったことなどから、幼少時より絵画など芸術に親しむ機会が多かったそうです。そして、僅か12歳という若さで、父の友人でもあった、狩野派の加藤文麗に師事をし、ここで絵画の基礎を学んでいきます。さらに、より研磨を続けて行くために18歳の頃には、 中山高陽の弟子であった、渡辺玄対に師事もしている経緯があります。20歳のとき文麗が歿しており、結果的に北山寒巌につき北宋画なども修めて行くことになるのです。とにかく、その幅広い学習スタイルが谷文晁の持ち味であり、何と大和絵であれば、古土佐に琳派、円山派や四条派だけでなく、朝鮮画、西洋画など幅広く自らの芸術の中に取り入れて行きます。結果的に、谷文晁は南北合体の画風を目指すことになったのです。そして、その人脈も広く、晩年になっても亀田鵬斎と酒井抱一で「下谷の三幅対」と評されながら、傑作を生み出し続けていったのです。代表作でもある「石山寺縁起絵巻 第6巻」では、炎が家屋を包み、そこで勇ましい侍が戦っているという独特の風景が描かれます。日本画、南画、洋画。全ての要素が絶妙に取り合わさっており、谷文晁にか表現することのできない芸術世界が広がっている秀作となっています。生涯、山水画に花鳥画、人物画に止まらず、仏画にまで手を広げ、「八宗兼学」とまでいわれる独自の画風を確立しています。そんな、谷文晁の作品は非常に価値が高く、掛軸買取においても非常に高い評価を得ています。ジャンルという枠に取り込まれること無く、自らの芸術を常に追求し続けていった天才画家、谷文晁。彼に見えていた芸術というのは、一体どんな風景だったのでしょうか。

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