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日本画 伊藤若冲

伊藤若冲

優美で先鋭的、芸術という言葉がまさに相応しい絵画を描き続けた希代の天才画家、日本画買取 伊藤若冲。鶏をこよなく愛しており、その鶏をモチーフに装飾的な作品を数多く手掛けています。中でも、「動植綵絵郡鶏図」は現代でも数多くの人々が知っており、その斬新でアーティスティックな構図と技法は、今の日本でも数少ない天才的な才能を見て取れる秀作です。そんな伊藤若冲は、1716年に八百屋に魚屋など、様々な場所が軒を連ねる京都の錦小路の青物問屋の息子として生を受けます。この伊藤若冲は、酒や女遊びなどは一切せず、とにかく絵画を描くことだけを人生の楽しみとして捉え、四六時中筆を握っていた、というように言われています。さて、この伊藤若冲なのですが絵画に夢中になるキッカケは見つかってはいませんが、30歳を過ぎた頃より本格的に絵画を学び始めたと言われています。「狩野派から学ぶ限り、狩野派と違う自分の画法は築くことができない」と、当時京都画壇の中心的存在であった狩野派とは、距離を置いていました。さて、そんな狩野派を捨てた伊藤若冲なのですが、京都の寺に多く所蔵してあった中国画の名画を模写する日々を繰り返して行きます。その当時の姿も、若い修行僧のように頭を完全に剃り上げ、さらには肉食も避けていたというのだから、絵画への強い思いが非常に強く感じることができます。さて、そんな伊藤若冲が模写を終了してから、自らの作品に取りかかると、鶏をモチーフにとにかく、その生態を観察し続けて行きます。筆が自ずと動き出すまでを待ち、鶏を2年かけて見抜き、それ以降は様々な生物の絵画を描けるようになってきました。濃彩花鳥画「動植綵絵」シリーズに取りかかったのが、1758年。コネなどが無かったのにも関わらず、当時円山応挙の2番目に優れた画家ともてはやされたのです。大火事などで、晩年は厳しい生活を強いられていますが、むしろ悠々自適となり、絵画を描き続けて行ったと言われています。日本画の中でも取り分けこの伊藤若冲の作品は人気が高く、様々な人々に求められています。絵画に魅せられ、絵画と共にこの世を去った伊藤若冲。彼の人生こそ、芸術を貫いた模範的芸術家だったのではないでしょうか。

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