日本画 前田青邨

前田青邨

日本画買取 前田青邨は、繊細でありながら大胆な作品を多く描き日本美術界に大きく貢献してきた画家の1人です。代表作でもある「洞窟の頼朝」は、重要文化財にも指定されており、その存在感たるや、見るものを魅了する素晴らしい秀作となっているのです。1885年に岐阜県中津川市に父前田常吉と母たかの次男として、この世に生を受けます。中津川尋常高等小学校に入学をしているのですが、当時は図画が非常に得意でありながらも、数学を非常に苦手としている生徒であったと言われています。そして卒業後なのですが、母がすぐにこの世を去り、上京をすることとなります。その上京先である、本郷根津の「東濃館」に下宿することになり、新しい生活が始ります。しかし、中学校に入学しながらも血痰が出てしまい、途中で退学することになります。一旦は帰郷するものの、絵画への情熱が深く、結果的に再度上京を果たすことになります。兄の伝手をたどり、梶田半古の塾に内弟子として研鑽を積むこととなります。そして、僅か17歳で第12回日本絵画協会と第7回日本美術院連合絵画共進会に出品。出品作である「金子家忠」が3等褒状を受賞し、画家としての生活が始ることとなるのです。数々の名誉ある賞、結婚を経験した20代が終わり、30歳代になり大阪高島屋で個展を開催します。その功績なども買われ、日本美術院評議員に選出。さらには、日本美術院留学生に選ばれ、小林古径約と一緒に1年間渡欧し,ローマ・フィレンツェ・パリなどに滞在することとなります。そうした経験から生まれた秀作「洞窟の頼朝」が、45歳の時に第1回朝日賞を受賞することとなるのです。その後、現役の画家としても活躍を続けますが、東京藝術大学日本画科主任教授などを歴任し、教育者としても高い功績を上げ続けます。法隆寺金堂壁画再現事業の総監修など、様々な文化貢献を続けていき、92歳に鎌倉でこの世を去りました。数多くの功績を残しながらも、決して奢り高ぶることなく、平静を装うその人柄。日本画を極めた男たる、存在感が関係していたかもしれませんね。

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