日本画 小村雪岱

小村雪岱 お伝地獄

多彩な画家、小村雪岱。川越市に生まれ、日本画以外でも木版画、舞台美術でも活躍した画家です。幼いころ父を亡くした彼は、伯父の家で育てられました。そのころに、母も家を去り、彼は孤独な少年時代を過ごしました。叔母の家に住むようになると、17歳で画家を目指して荒木寛畝の弟子となりました。東京美術学校を卒業すると、国華社に入社しましたが2年で退職。彼の職歴のなかには、その10年後に資生堂で広告を手がけたということもあります。古画や風俗考証を研究しました。また泉鏡花と懇意になり、たくさんの本の装丁を行いました。舞台美術の分野では、溝口健二の映画美術を数多く担当しました。彼の代表作は挿絵でしょう。本当にたくさんの挿絵を残しています。美人画、街の風景画、ボトルのデザイン、雑誌の装丁や挿絵、和服のデザインなどなど。中央画壇に評価はされなかったものの、大衆にこれだけ受け入れられた彼は、今で言うデザイナーの先駆けです。しかし一番多いのは美人画です。彼は美人画を得意としたのです。今では、装丁にお金をかけ、面白いものにはついつい目が行って本を手にとることがありますが、大正、昭和と続く時代の中で、これだけ意匠を凝らした作品を次々と描いていった、作り上げていった彼には脱帽してしまいます。40代になると、彼は邦枝完二の「おせん」「お伝地獄」などの代表的作品を残します。その後は邦枝完二とコンビを組み、活躍しました。国画会の同人でもありました。国画会とは、野長瀬晩花を中心に、新しい息吹を吹き込むために京都の著名な日本画家が作った集まりです。「国展」という展覧会を設けました。また木版画にも名画が多くあります。くっきりとした線で、生前に発表されたものよりも高見沢木版社から死後に出版されたものが多いのも特徴です。さてこのような小村雪岱ですが、時代を先読みし、幼いころから苦労して美術を愛し続けた結果、デザインを芸術にまで高めたと言えるでしょう。48年間の短い生涯の中で、本や版画やボトルや化粧品のデザインまでも、芸術にし、しかも庶民に愛し続けられたのです。そこにはお金が絡むのですが、彼の作品は、今でも純粋さにあふれて輝いて見えます。

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