日本画 山本丘人

山本丘人

山本丘人は、1900年に生まれた日本画家です。1977年に文化功労賞を受賞しており、文化功労者としても名高い、国内きっての大芸術家です。山本丘人は、現在の東京都港区に生まれており、府立三中に府立工芸を卒業。広瀬東畝や篠田柏邦などに、手ほどきを受けた後に、画家としての生計を立てることを心に近い、その後に東京美術学校に入学をしています。同校で、絵画の基礎を学んだ後、さらに研磨を重ねるために松岡映丘に師事。より、その感性に磨きをかけていきます。その後、すぐに目を出す事はありませんでしたが、ついに28歳の時に帝展での初入選を果たし、画家としての本当の人生をスタートさせることとなります。常に、新しい美術を求め続けていた山本丘人は、戦時中の1943年に東山魁夷らと国土会を結成します。そして、様々な功績と名声を挙げて行き、翌年に東京美術学校助教授に就任することとなります。常に、美術界に貢献していた山本丘人で、日展の審査員にまでなりますが、転機が訪れます。「世界性に立脚する日本絵画の創造を期す」を宣言し、1948年、上村松篁や吉岡堅二らと創造美術を結成することになります。山本丘人自身、その中心メンバーとして活躍していきます。近代洋画を想像させる、繊細な描写と郷愁を誘う日本画らしさを、独特なタッチで描き上げ、多くの秀作を残しています。シンプルで力強く、そしてその繊細な技法が垣間みられる作品が1982年に第9回創画展に出品された「風立ちぬ」です。洋風に仕立て上げられた家屋と、その庭から見える、広大な海。そして、細かな描写で描かれる木々。全てが、その雰囲気を情景を切なく、そして香しいタッチで描く秀作です。光りの使い方なども、近代洋画に通ずるものもあり、山本丘人がいかに新しい風を日本画に取り入れようとしていたか、存分に伝わる作品となっています。病に倒れるまで、常に現役であり続けた山本丘人。彼の作品や、生き様は今でも深くかたり告げられています。

銀座本店
〒104-0061
東京都中央区銀座5-4-15 西五ビル1F

大阪本店
〒556-0011
大阪府大阪市浪速区難波中3-16-5

銀座店
〒104-0061
東京都中央区銀座5-4-14 銀成ビル1F

横浜本店
〒231-0023
神奈川県横浜市中区山下町25-2
インペリアルビル 1F

名古屋本店
〒460-0002
愛知県名古屋市中区丸の内1-10-19
サンエイビル 1F

京都本店
〒604-8142
京都府京都市中京区錦小路通東洞院
東入る西魚屋町612-12

広島本店
〒730-0004
広島県広島市中区東白島町
19-83 1F

博多本店
〒812-0013
福岡県福岡市博多区博多駅東2-2-13
博多駅前ビル1F

北海道[札幌/函館]
東北[青森/岩手/宮城/秋田/山形
      /福島]
関東[東京/銀座/神奈川/横浜/埼玉
      /千葉/茨城/栃木/群馬/山梨]
信越[新潟/長野]
北陸[富山/石川/福井]
東海[愛知/名古屋/岐阜/静岡/三重]
近畿[大阪/難波/兵庫/京都/滋賀
      /奈良/和歌山]
中国[鳥取/島根/岡山/広島/山口]
四国[徳島/香川/愛媛/高知]
九州[福岡/博多/佐賀/長崎/熊本
      /大分/宮崎/鹿児島/沖縄]

古美術八光堂本社ビル

株式会社 古美術八光堂
大阪本社ビル

大阪市浪速区難波中3-16-5

ページトップへ