日本画 山田介堂

日本画 山田介堂

山田介堂

山田介堂は、1869年に生まれた日本画家です。片眼が失明して、「隻玉道人」と号すこともある程、絵画の世界にのめり込み、そして高い評価を受けていた大芸術家です。そんな、山田介堂は福井県の丸岡の生まれで、通称は巳三郎と言いました。幼い頃から、絵を描くことが趣味であり大好きであった、山田介堂は、長崎の南画家王延章に南画の基礎を教え込まれています。さらに、絵画の技術を研磨する為に京都へ状況。田能村直入や富岡鉄斎など、当時より第一線を走っている有名画家に師事しています。この場所で、深く、そして広く絵画を学んで行った山田介堂は、結果的に文展などにも出品する程の腕前となっていきます。当時の山田介堂より、青緑山水といった、代赭に群青などを使って描く色彩画を身につけて行きます。水を得たさかなのように、素晴らしい作品を生み出していく山田介堂の描く青緑山水は、色彩使いが美しいと昇華され、介堂の名を美術界に広く知らせていくこととなります。この、山田介堂なのですが、非常に多く作品を残しており、山水画だけでない、幅広い技法を見せています。白衣大士や漁樵問答、道釈人物等にも多く作品を残しており、さらには扇面絵や俳画、ユニークな菓子鉢、銘々皿にも下絵を描くこともあり、正に多彩という名を欲しいままに優秀な作品を多く残しているのです。また、非常に教養の高かった山田介堂は、自らの描く南画には詩であったり、文などを入れ、それも一つの作品として発表。未だに、この素晴らしい作品には定評があり、コレクションをしているファンも多くいるようです。そんな山田介堂の作品でも、非常に評価が高い作品のひとつに「倣米海岳黄昏微雨図」があります。文人画家の米芾に倣って描いたものとされており、水墨画の境地を見事に現した作品として、山田介堂が一番、良かった時代の作品として有名です。南画に止まらず、数多くの秀作を残す日本の大芸術家、山田介堂。彼の残した作品や生き様は、日本の美術界に多大な影響を与え続けているのです。

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