日本画 望月玉渓

望月玉渓

望月玉渓は1874年に生まれた日本画家です。望月玉渓は玉仙に玉泉、玉川に玉渓といった望月派の画家の5代目となる画家で御用絵を中心に描いていたことでも有名です。そのため、幼少の頃から様々な絵画に触れる生活をしており、そのセンスや深い知識は自然に身に付いて行ったのだと考えられます。絵画はまず、父に学び研磨を重ねます。そして1896年にはその努力が身を結び、第一回絵画共進会展にて2等褒賞を獲得するにいたります。そんな望月玉渓の作風は望月派と呼ばれる派閥の伝統的で綿密な作風で知られています。そして、花鳥図が特に多く四条派をそこまで強く意識した作品ではなく、敢えて優しくわかりやすく崩すことで独特な雰囲気の作品を多く描いて行くのです。また、風景画などとはまた別で、人物画においては非常に上品で高貴な品格のある作品を多く世に生み出していることでも有名なのです。その奥ゆかしく高雅な作風で、日本最後の大和絵の名手と言われ、多くの美術関係者から高い評価を獲得しているのです。その中の作品のひとつである、富士山を描いた作品「富獄望遠図」ですが、美しい濃淡で彩られた富士の姿と、麓の林や田園風景のバランスが絶妙な作品です。繊細かつ綿密な筆遣いで描かれてはいるのですが、どこか郷愁をさそう懐かしさも含んでおり、普遍的な日本の美を感じることもできるのです。当然、望月玉渓独特の高貴で上品なタッチも感じる取ることができ、崩しながらもしっかりと芯を捉えた美しい作品として評価できるのです。さらに南画も描く望月玉渓の花鳥図でも取り分け素晴らしい作品の「雪暁黄鳥図」です。広い掛け軸の中に描かれる悠々と空を舞う鳥が一羽と切替された幽玄な山のみです。まさに、シンプルといった作品なのですが、その淡く繊細な色使いに大胆な構図で望月玉渓という人間の底知れぬ才能を伺いしることができるのです。望月玉渓は自らの作品を描くことは勿論、京都美術協会会員、日本美術協会の会員など裏方としても日本の美術を支えてきます。伝統を守りながらも自らの芸術を貫いた望月玉渓。彼の功績は計り知れぬものだったのです。

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