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日本画 柴田是真

柴田是真

日本画 柴田是真は1807年、文化4年に生まれた日本を代表する芸術家です。 主に日本画、漆工家として江戸時代末から明治中期に活躍していることで知られています。 数々の号を使いこなし、多くの秀作をこの世に生み出してきた柴田是真は日本の漆工芸界において重要な橋渡し役を担った重要人物なのです。 柴田是真は11歳の時に初代古満寛哉に入門をし、芸術の基礎などを教わります。そしてその5年後の16歳の時に鈴木南嶺に南画を師事し、画家としての基礎を学び始めました。 柴田是真の絵画と芸術への探究心は深く、当時の日本において、絵画の技術を高めるべく京都まで上りそこでは岡本豊彦にも画を師事しているどです。 その柴田是真の功績は若かりしころでも大きく、青梅勘七以来途絶えてしまっていた、幻の青海波塗を復元し、画人としながらも漆工として数々の塗りを発明していき名を馳せて行きます。 元々、画を志している柴田是真だけにその絵画に関する才能は秀でるものがあり、漆器などに描く画は綿密で繊細ながら、豪快さも残る柴田是真らしい作品として世界的にも高名なのです。 当然、美術界からの評価は高く数多くの名誉ある賞を数々受賞している経験を持ちます。 1872年、名作である「富士田子蒔絵額」がウィーン万国博覧会に出品されるやいなや、話題になり進歩賞牌を授与されています。 その雄大で豪快な富士の絵は、どこか繊細で垰やか、しかも日本画を越えた不思議な魅力を持つ柴田是真ならではの秀作です。 その受賞後も国内外の様々な賞を受賞していき、その芸術を後世にも教育する後継者としても美術界に高く貢献しています。 柴田是真は非常に真面目で頑固な一面も持っていたと言われ、一旦良いだした事柄には一歩も引かない江戸っ子気質の男としても有名だったと言います。 それに加え、力士のような非常に恰幅の良い体型であったといい、数々のユニークな伝説も持ち合せるという人間的にも非常に魅力的であったのです。 彼の功績は、漆工、日本画と伴に非常に大きな功績を上げ、現在の日本の美術界において彼の存在なくしては発展は無かったでしょう。日本人にとって誇りとなる重要人物であったのです。

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