日本画 森狙仙

日本画 森狙仙

森狙仙

森狙仙は1747年に生まれた日本画家です。江戸時代の後期を中心に活躍をし、数々の秀作を世に産み落としていることでも知られています。通称は八兵衛、名前は守象となります。猿を描く作品が特に定評があり、狩野派や円山応挙などからの画風の影響を強く受けています。元々絵師であった森如閑斎の息子とて生まれた森狙仙は、画家を自然に志し山本如春斎に師事をして狩野派の基礎を学んで行きます。徐々に力を付けて行く森狙仙ですが、師の没後は一転、長崎派であったり円山応挙の画風を学び始め、結果的に綿密な筆遣いで描かれる写実的な作品を中心とした画風で名を馳せるようになっていきます。この技術を会得した森狙仙は、大坂を拠点とし活躍、関西では高名な写実画家として広く知られて行くことになります。森狙仙を語るとなると、確実に動物画を外すことはできません。特に猿を描く作品が多く、その可愛らしくもリアリティのある猿の表情は、写実主義に徹底してた森狙仙でなければ、出すことのできないクオリティを誇っています。江戸時代の作品の「野猿図」、細く枯れが美しい枝が描かれている横に、いたずらっぽく何かを口に含む猿の姿が見受けられます。独特の濃淡で柔らかく描かれる猿の全体図にこちらを気にかけるような目線の使い方など、よく観察しそれをさらに綿密に描く秀作です。特徴的なほっこり染まる赤色の顔に、短めの脚や指などがどこか可愛らしく、遊び心も感じます。さて、そんな森狙仙なのですがこの猿画がここまで評価されたのには理由があります。初期の頃は猟師にとってもらった猿を描くものの、本物の写実は描けないとし、野山に行き、野生の猿を深く観察していたということも言われています。森派という組織があり、森一鳳や森寛斎などを輩出しています。様々な動物画を残し、日本の美術界に大きな貢献をしていることでも有名な森狙仙。その出生の記録はあまり残されていないようで、謎に包まれた人生でもあったそうです。とはいえ、その芸術への精神や自らのこだわりには強い思いを感じることも要因になり、現在でも語り継がれる人物として君臨しているのでしょう。

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