日本画 生田花朝

生田花朝 春昼

 生田花朝(いくたかちょう)は1889年(明治2年)に大阪で生まれた女流の日本画で、花朝女(かちょうじょ)とも記載され、実名は稔(みのり)といいました。父親は国学者として知られ、「大阪の考古学の草分け」と言われた生田南水で、父の教育により俳句をはじめ漢学、国学を幼い頃より学んだためであろう数多くの俳句を遺した俳人でもありました。「行く春の 島は人住む 煙かな」という石碑が大阪市の四天王寺の境内に残されているほどです。同じ境内には父・南水の「ふるはなの ちりりたらりや 聖霊会」と記された石碑もあります。
 四天王寺といえば大阪を代表する寺のひとつですが、そこに石碑を遺された所以は生涯にわたって大阪を題材にして描き続けたからです。彼女が本格的に日本画を学んだのは24歳のころに菅楯彦(すがたてひこ)に入門してからのことである。師である菅楯彦の画風は歴史、郷土芸能や古今の民衆風俗を主題にした作品が多かったのですが、生田花朝もまた生涯に渡って大阪の民衆風俗を描き続けました。この頃の画に対する思いは激しいものがあったようで、画に身を捧げ終生独身を通すことになったほどである。その代表作ともいうべき「浪速天神祭」は落語専門の定席として戦後60年目の2005年に再興された「天満天神繁昌亭」の緞帳に遺されているので、落語を楽しみながらご覧になってはいかがでしょうか。
 帝展(帝国美術院主催の展覧会)に9回連続落選という苦難を乗り越え、1926年(大正15年)に大阪を代表する祭り「天神祭」を描いた作品で、女性で初めて同展の特選受賞を果たしました。真っ青な海の色の上に描かれた舟祭りの様子は、大阪人の心を捉えて離さないものがあります。「春昼」と題した生玉神社の絵馬堂で遊ぶ子供たちを描いた作品を見ると、彼女の優しい目線が感じられて微笑ましくもあります。一見菅楯彦の画風に似てはいますが、女性らしい柔らかな筆使いが見るものの心を和らげてくれます。88歳で没するまで帝塚山の自宅で画作にはげんでいましたが、訪れる人は多く千客万来であったそうで、まさに彼女の人柄が判るようで心温まるエピソードではないでしょうか。

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