日本画 荒木十畝

荒木十畝

 日本画家の荒木十畝(あらきじっぽ)は1872年(明治5年)に長崎県大村市にある玖島(くしま)城の下町に生まれました。姓は朝長、名を悌二郎といい、20歳で上京して荒木寛畝(あらきかんぽ)の塾に入門し、やがてその才能を認められると荒木寛畝(あらきかんぽ)の娘・鈴と結婚し荒木家を継いだのです。その作風は義父・荒木寛畝(あらきかんぽ)に似て伝統的な日本画を基調としていましたが、しだいに急進派の影響を受けるようになり、自らその作風を「守旧斬新主義」と名乗ったように穏やかな改革を試みていたようです。その実力は若くして世に評価され、35歳の若さで文展(文部省美術展覧会、現・日本美術展覧会=日展)の審査員を務めたほどで、横山大観川合玉堂らと並び評されるほどでもありました。
 荒木十畝の作風が大きく転換したのは荒木寛畝(あらきかんぽ)の死の直後からであり、まるで生前は義父への遠慮があったかのような作品でしたが、以後の作品は極彩色を使った華やかなものへと一変したのです。1917年(大正6年)に描いた「四季花鳥」は春夏秋冬の4点で構成されていますが、いずれも派手な色彩を塗りつぶして深い奥行きをみごとに表現しており、彼の代表作と言っても過言ではありません。さらに良く見ると一見べた塗りのようにみえる部分は「垂らし込み」の技法を使って滲みを表現するなど日本画の技法を極めていて見る者を唸らせます。
 彼の絶筆と言われる作品は1944年(昭和19年)に描かれた「柏白鷹」と言い伝えられていますが、止まり木の落ち着いた茶の色といい、画面左右に配された葉の渋い緑色といい、鷹の真っ白な羽の白さとあいまって落ち着いた静寂を感じさせる作品である。「四季花鳥」に見られる華やかさは封じ込められ、かえって鷹の白色が艶やかな光を放ったように見えます。まさに画道を極めた終着点で、ほっとして佇みながら居るように見えるのは何故でしょうか。華やかな時を離れ静寂の世界へと帰っていくような、心の落ち着きを感じさせてくれる作品となっています。
 荒木十畝の言葉に「東洋画は精神的で西洋画は物質的である」 とありますが、まさにこの作品からは精神的な光が放たれて見えるようでもあります。

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