日本画 谷文晁

谷文晁

谷文晁は1736年宝暦13年に生まれた日本画家です。その功績や実績は高く評価されており、江戸時代の後期に活躍し「徳川時代の三大家」とまで呼ばれていたほどでした。そんな谷文晁ですが、絵画だけに止まらず俳句など文化活動にも精力的に携わります。1829年に定信が没した時、谷文晁は67歳。御絵師となり、剃髪をし75歳の時に法眼位となり文阿弥という号に変更をしています。谷文晁は下谷根岸に田安徳川家の家臣であり、詩人として活躍をしていた谷麗谷の息子として生まれます。その芸術器センスは幼少の頃から携える環境であったことも手伝い、自然に芸術の道へ進むことを心に決めていたでしょう。まず、加藤文麗のもとで狩野派の画法を学んでいます。そこで日本画の基礎を研磨していく谷文晁は、その後に中国南宋に始まり、西洋画、諸画派を丹念に研究を続けます。生まれながらに真面目であった谷文晁は、真剣にこれらの芸術様式を学んでいき、後に生まれる独自の画法の肥にしていくのです。谷文晁は山水画を非常に得意としていましたが、その類い稀ないマチエールで唯一無二の美しい山水画を作り出していきます。そんな谷文晁の作品を語るのであれば、やはり山水画ではないでしょうか。1797年に描かれた「連山春色図」ですが、のどかに連なる山々を描くこの作品なのですが、人物であったり独特の丘陵、流木に雰囲気など全体を見て行くことで、中国の山水画に高い影響を受けていたことが垣間みれる、そんな美しい作品になっているのです。晩年に谷文晁の描く作品のその荒々しくも繊細で、力強さの中に甘美なる思いを詰め込んだ作風には、美術関係者ならずとも高い関心をよせていることで知られています。文化人との交流も盛んであり、数々の楽しみを芸術的にこなしていきます。さらに、自らの芸術だけを追求することではなく、教育者としても高い功績を残す谷文晁には渡辺華山などの高名な弟子も多くいました。数多くの秀作を生み出し、その功績を現世に伝えた数少ない素晴らしい芸術家なのです。

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