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木村荘八

木村荘八

日本画・木村荘八は東京は日本橋に生まれた日本人画家です。有名牛鍋チェーン店のいろはの創立者である木村荘平の八男として生まれた木村荘八は、父の死後は店の帳場を担当していながら画家を志しています。小学校4年生の頃からは、学校に登校する機会を避け、芝居や放蕩などに熱中していた過去もあります。彼の画家人生を足枷するキッカケとして、様々な会を結成した後、1918年に参加した二科展や院展洋画部などに出品をつづけ、院展出品作品である「二木灌木」で高山樗牛賞を受賞しています。彼の作品の代表作は「パンの会」「牛肉店帳場」など、彼の身近で起こっていたような出来事を繊細なタッチと独特な目線で描かれた秀逸な絵画です。下町生まれの木村荘八らしく、どこか風刺に富んでいるようにも見えるその作品の数々は、思わず温和で優しくなるような気持ちにさせ、見るものを東京という街へ誘っていくのです。また、木村荘八を知る上で語らなければならないのが挿絵でしょう。画家として様々な功績を残してきた、彼ですが挿絵や随筆家としても名前が世に知れ渡っているのも特徴です。エルグレコや、未来派及立体派の芸術、など翻訳出版もしていおり、後期印象派以後の新しい美術の紹介や普及にも大きく貢献しています。そして挿絵なのですが、木村荘八を高く評価している方達の中ではこの挿絵の素晴らしさを、非常に声高に語っています。江戸の町並みを描くことの多かった彼の挿絵は、全体の構図やバランス感、そして人間の描く恋模様や日常など、幼少時に下町で過ごした彼でなければ描く事のできない、綿密なタッチになっているのです。また、有名小説家との親交も扱った彼は数々の小説にも挿絵を書いています。毎日新聞で1937年に永井稲風の代表作である「墨東綺譚(ぼくとうきだん)」での挿絵を書いていたり、時代小説では「霧舟」「幻灯」「花火の街」など数多くの有名小説に提供していることで有名なのです。多忙を極めた彼の仕事振りが災いし、脳腫瘍の発見に気付くのが遅れてしまい、病気の悪化後死亡しています。木村荘八の描く作品には、江戸の粋が感じ取れるような、やはりやんちゃでありながら、人なつこい色気のある作品が多く感じ取れるのです。

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