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村山槐多

村山槐多 カンナと少女

村山槐多は明治から大正にかけて活躍した洋画家、詩人です。青春時代は誰もが不安を感じ、熱っぽくなりがちなものですが、人一倍の熱量と不安定さが村山槐多の一つの魅力と言えるでしょう。村上の残した作品の多くは決して器用とは言えないものばかりですが、見る者を惹きつけてやまない強烈な印象を与えます。村山槐多は子供の頃から癇癪持ちと言われていました。極端に熱しやすく冷めやすい気性の持ち主で、周囲の友人だけでなく親の手にも余る性格であったと言われています。鋭い感受性と思い込みの激しさを持て余していた村上でしたが、そんな彼の心の拠り所はランボー、ボードレールなどの実存主義文学でした。青春の美しさを高らかに謳った詩や小説を村上は10代から何度も繰り返し読みあさり、自身も数多くの詩の秀作を残しています。詩作と同時に折にふれて絵を描いていた村上ですが、18歳を迎えた1914年、日本美術院の二科展に『庭園の少女』が入選し、画家としての道を歩み始めます。その後、『カンナと少女』、『乞食と女』、『樹木』、『自画像』、『九十九里の浜』、『大島風景』など驚異的なスピードで作品を制作し、数々の展覧会に入賞、一躍時代の寵児となります。しかし、不摂生な生活と失恋によるショックなどで心身ともに弱っていた1919年、村上はスペイン風邪に罹患します。病床で生死の境をさまよっていた中、2月19日の夜に急に外に飛び出し、その数時間後に嵐の中で発見された村上は失恋した女性の名前をしきりにつぶやき、すでに瀕死の状態でした。当時の医療技術ではスペイン風邪の治療は難しく、村山槐多は22歳の若さで夭折します。村上の死後、1920年には詩集『槐多の歌へる』が、その翌年の21年には画集『槐多画集』が出版されます。村上の絵画は洗練された構図や技術こそないものの、荒々しい筆致と原色のアクセントが印象的な村上の作品は見る者に緊張感を与え、吸い込まれるような独特の雰囲気があります。 村山がこの世を去ってから100年近くが経とうとしていますが、今なお現代の私たちの心を打つものがあります。

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