正宗得三郎

正宗得三郎

色彩の音楽洋画家・正宗得三郎1883年、200年以上続いた名家「正宗家」に生まれた正宗得三郎。寺崎広業の天籟画塾に通い、日本画を学んだ得三郎は渡仏しアンリ・マティスに師事した後にフォーヴィスムを日本に持ち帰り創立したばかりの二科会の重鎮として活躍します。戦後、二科会の解散の後は正宗は熊谷守一、栗原信、黒田重太郎、田村孝之介、中川紀元、鍋井克之、宮本三郎、横井礼市と共に「第二紀会」を結成、近代日本美術の発展に努めました。得三郎は自身の作品に「生の充実」を唱え続けました。

元気いっぱいで大きな子供のようであった得三郎

晩年の得三郎の代表作とも言える「薔薇」その強烈とも言える色彩の鮮やかさは、薔薇のみずみずしさ、等と言った表現ではなく。荒々しいまでの薔薇そのものの生命力、そして得三郎の魂を感じさせてくれます。それは、渡仏した時に学んだアンリ・マティスの影響を多大に受けたものであるフォーヴィスムの手法によるもので、目にきれいに映る色彩表現ではなく。心で感じるようなまさに生命の色彩と言えます。こうした、作品に見える生命感を引き出したのは得三郎の人間性によるものがあったようです。得三郎の妻で、彼の創作を支えてきた正宗千代子の談話によると、とてもユーモラスな性格の持ち主で喜怒哀楽を隠す事なく表現していた得三郎。元気いっぱいで大きな子供のようであった得三郎ですが、ある視点では多感で繊細な人間性であったとも言えます。晩年、富岡鉄斎の研究に力を尽くした得三郎。遺作となった「素園小景」では、心そのものに語りかけてくるような色彩の表情があります。そして「素園小景」に、この上ないナナカマドの紅葉を描いた1年後に得三郎は病に侵され、79年の生涯を府中で終える事になります。年を経るごとに創作の技術が向上していくと言われる芸術家、その中でも得三郎は比較的若いうちから自身の代表作とも言える作品を世に送り出し、その実力は所謂「ピーク」を迎える事はなく、遺作となった「素園小景」の発表まで、作品に対する技術も想いも向上し続けたのだと思います。

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