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[土風炉・焼物師] 永樂善五郎(えいらくぜんごろう)
 京焼の家元の一つであると同時に千家十職のひとつ「土風炉(どぶろ)・焼物師」の家。千家ではいくつかある種類の風炉のうち土風炉を「真」として扱っている。永樂家は代々土風炉、茶碗などの茶道具を製作してきた。現在は1998年に善五郎を襲名した十七代目。この家門は初めから永樂姓を名乗っていたのではなく、初代宗禅より十一代保全までは西村姓を名乗っていた。
 初代・西村宗禅は室町時代、奈良に住んで春日大社で御器を作っていた。晩年に堺の武野紹鴎(たけのじょうおう)の依頼で土風炉を作るようになり、土風炉師・善五郎を名乗るようになる。紹鴎は室町末期の茶人で、茶道の祖・村田珠光の孫弟。利休は紹鴎の弟子である。西村家二代目は堺に住み、三代目以降京都に定住したといわれる。

伝統の踏襲とモダンなデザインの融合が永樂の名にふさわしい

 土風炉は土を焼いて作った風炉で、善五郎の土風炉には素焼きの器に黒漆を重ね塗りしたものや土器の表面を磨いたものなどがあり、侘び茶には瓦焼手法の素焼陶器で造られた土風炉がよりふさわしいとされた。三代目は小堀遠州から「宗全」の印を与えられ、以降九代までは作品には宗全の印が押されている。永樂姓になったのは十二代和全の途中からで(正式な改姓は十四代得全が襲名した1871年)、さかのぼって了全(十代)保全(十一代)も永樂と称される。十代了全時に土風炉だけでなく茶陶の分野にも進出を始め、天明の大火で家屋敷や印章を失うが、千家らの援助のもと再興した。千家に出入りするようになったのはこの了全以降である。十一代保全は名工の誉れ高く現在の永樂焼の基礎を築き、1827年に紀州藩・徳川治宝公の御庭焼開窯に招かれたおり、「永樂」の印を拝領した。現在の永楽家の住居をたて、明治42年から没する昭和2年までの19年にわたって家業を継続した妙全は女性のため代の中には入っていないが、今日の永樂家の発展に寄与した人物である。 金襴手、仁清写、交趾、祥瑞写、染付など永樂様式は華やかな意匠でありながら「お茶にかなった」美しい器として人気が高く、伝統の踏襲とモダンなデザインの融合が永樂の名にふさわしい。

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