洋画 脇田和

脇田和

花鳥、そして子供など生活に密着するような身近なテーマをほりさげて描き続けた洋画家が、脇田和です。温かみのあるタッチとは異なり、描かれるモチーフに中には争いや悪戯など、人間界を彷彿とさせるアイロニーな作風で知られます。日常の生活を再確認させてくれるような、新しい感覚を生み出す脇田和の作品は、数多くの人々に愛され続けています。1908年に東京都港区青山に生まれた脇田和。幼い頃から絵画への興味が強く、日々作品を描き続けているような、そんな子供だったといいます。青山学院中等部に入学しながらも、その学風などに馴染む事ができず、結果的に中退をします。しかし、その後にはドイツのベルリンに渡り、ベルリン国立美術学校に入学を果たしています。このベルリン国立美術学校では、人体デッサンに始まり、遠近法や木口版画、七宝等絵画などとにかく様々な技法を自らの糧として取り込み続けて行きます。そして、ベルリン国立美術学校を無事卒業した後に、美術学校より金メダルを受賞することになります。自らの才能を海外という境遇で発揮することができた脇田和は、それ以降洋画家として目覚ましい活躍を続けて行くこととなります。1932年には、太平洋画会に入選しており、帝展でも賞を受賞するなど国内でも軒並み評価をあげて行きます。さらに、戦時中にはフィリピンのマニラに渡り水彩画を描くことをしており、常に絵画と隣り合わせの人生送ります。新制作派協会に参加し、新しい日本画の世界を見続けますが、戦争により大半の作品を焼失してしまっています。しかし、めげることなく活動を精力的に続けます。1955年での、日本国際美術展で最優秀賞を受賞後、 1956年にはグッケンハイム国際美術展国内賞を受賞するなど目覚ましい活躍を続けます。その功績が認められ、1964年に、東京芸術大学助教授に抜擢。日本美術界へと貢献し続けます。脇田和は、1998年には文化功労賞も受賞しており、日本の洋画界を代表する重要人物の1人として君臨し続けたのです。

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