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薮内流[五代]_竹心紹智_不住斎

竹心紹智_不住斎

 表千家・如心斎裏千家・一燈宗室のいわゆる流派中興の祖と同時代に生き、同じく薮内家でも中興の祖と称されるのが竹心です。学芸百般に秀で、茶人としても古儀を極め尽くし、当時の町人文化への迎合を厳しく批判、古流への回帰を強く訴えました。
 先代剣渓に子がなく、西本願寺門主の典医南条家に嫁入りした三代剣翁の娘の息子を養子にとったのが竹心です。幼い頃から学問に通じ、高い学識を持っていました。特に論語、朱子学などの漢籍に詳しく、非凡な文才も発揮します。薮内流の古儀に徹する姿勢から、当時の大衆に迎合した茶の湯の姿を糾弾する著作を多く残しました。その数18篇。代表作『真向翁』の巻頭には、背を向けた自画を描き、「この坊主、真向きになりて座したるを、背向と人の見るかおかしき」と自ら賛を付けました。茶道の正道を向いている自分を指して、世の人は反対を向いているというのはなんともおかしきことであると諧謔を込めて語っています。

気に入ったならば誰であろうと茶を振る舞った竹心紹智

 竹心の性格は、言葉にするなら剛毅、洒落。「話が通じるのは百姓だけ」と町人文化を特に嫌い、貴賎の別なく人と交わり、気に入ったならば誰であろうと茶を振る舞い、惜しげなく道具を与えたそうです。実は、そんな竹心が、薮内流で初めて自作茶碗を作ったと言ったら驚くでしょうか。後に薮内釉と呼ばれる青い釉薬を好み、大振りに見えて実は薄作の繊細な茶碗を作り、北野神社の万燈会で50個も献じています。この茶碗に限らず、あらゆる物づくりで手腕を発揮したと言われており、花入、茶杓、茶室など茶道具を残しています。今も西本願寺に残る茶室「須弥蔵」は竹心の手によるもので、赤い壁は朱子学への傾倒から発想されたものと噂されています。
 また、書の手も非常に優れ、一行書の「心廣體胖春」は、今でも薮内家の初釜を飾る掛け物とされています。闊達ながら緊張感あふれる狂草書は、自他を厳しく戒めた竹心の茶をよく表していると言えるでしょう。また、先代までは代々「剣」を通字としてきましたが、「剣は心に収める宝刀である」として廃し、当代より「竹」を通字とすることになりました。

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