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薮内流[十一代]_竹窓紹智_透月斎

竹窓紹智_透月斎

 十一代竹窓は“忍耐の人物”であったと伝えられています。それは近代日本の幾多の戦争、戦時下の苦難の時を耐えたというだけではなく、幼少時に父を亡くし、厳しい修行に明け暮れ、さらには自らを厳しく戒めて茶の湯に邁進した自省的な人物であったことからもそう呼ばれています。
 父を亡くした10歳から17歳までの7年間は、精神修養のために奉公働きをしていました。その後、八代竹猗より皆伝を受けた禅僧・笠仙老師(枕流軒老師とも)に茶を学びます。この老師が大変な人物で、岡山曹源寺の僧でしたが、大徳寺より招聘され管長に任じられるも、何が気に入らなかったのかこれを断り、高野川畔に庵を結んで暮らしていたそうです。若き竹窓は、家から8km離れたこの庵に毎日通い、茶の修行に勤しんだそうです。老師の修行は大変に厳しかったそうで、後に孫の青々斎が記すところによると、竹窓の腕には、この老師が火箸で打擲し、誤って引っかいてしまった傷跡が残っていたといいます。
 長じてからは関西、中国地方はもとより、遠く鹿児島まで常に指導の旅に出ており、茶の湯の普及に尽力していますが、代継ぎ前の31歳の時に、鹿児島へ渡る船が事故で沈没し、数時間漂流した後に救助されるという、まさに九死に一生を得る経験もしています。

2つの心がみえる作風

 この竹窓、書と漢籍は学者の山本亡羊、絵は日本画森寛斎に学んでおり、才も豊かで多くの作品を残しました。書は力強く粘りがあり、忍従の人柄であったことを偲ばせます。茶道具では、歴代宗匠の手造りの写しを好んで作っていたようです。比老斎の一双「恵比寿大黒」を写した同じく銘「恵比寿大黒」は、頭巾と俵をモチーフにした点は同じですが、おしゃべり口には受けず、釉も変えて異なった趣に仕上げています。その作風には、そうした“おもしろき”を追求する心と、ただひたすらに真面目であろうとする2つの心持ちが見えるようで、それもまた味わい深く感じさせます。野菜を買う際には一度吟味して信用した農家のものを何十年も買い続けたそうで、生き方そのものが茶道であったとしみじみ感じさせます。

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