裏千家[十三代]_鉄中宗室_円能斎

鉄中宗室_円能斎

 十三代円能斎は現代茶道への道筋をつけた宗匠です。明治初期の若年期には苦労も多かったのですが、後に多くの実力者からの庇護を受けるようになり、新たな取り組みを通じて現代裏千家の隆盛の礎を築きました。
 円能斎、苦難の時代にこんな話が残されています。これからは東京の時代と、貧困を押して東京に居を移した円能斎は、ある日財界の実力者、伊集院兼常に茶道で身を立てることはあきらめ、学問を志してはどうか、学資のために三千円差し上げてもよいと勧められたそうです。当時の三千円は今では5000万円以上の大金です。しかし円能斎は「私はどうしても茶道で立ちます」とこれを辞したそうです。この意気に感じ入った伊集院兼常はこの後、後援者として裏千家を厚く庇護するようになりました。

玄々斎で確立した裏千家の独特の好みの方向性

 東京進出と庇護者、門人の獲得のほかに、円能斎が残した功績に、大々的な門戸開放があります。 ひとつは、出版における改革です。かつて宗匠が茶の湯を書き記してはならぬとの禁を破って一橙宗室が『浜之真砂』を記したように、近代的な点前教則本『浜の真砂』を著しました。次いで口伝であった小習事を冊子『小習事十六ヶ条伝記』として発刊し、雑誌『今日庵日報』を創刊します。秘伝・口伝を基本とする茶道にあって、習事の作法の内容を出版するのは異例のことでした。しかし、これにより茶道が一般庶民の手が届く近しいものになりました。さらに、家元や内弟子の稽古を受けられる「夏期講習会」を開催し、門戸を押し広げていきました。好み物で著名なものに、利休以来の伝統に丸みを加えた国師丸釜、各月の異名を蓋(甲)に記し、内黒塗に各月に因む図柄を蒔絵した十二月棗などがあります。これら著名な逸品に加え、苦しい中でもたゆまず作品を作り続けたために好み物は多く、そのどれもが、裏千家らしい趣味に溢れています。
 裏千家の独特の好みの方向性は八代一橙宗室に始まり、玄々斎で確立したと言われますが、円能斎に至ってそれが普遍化し、茶道具全般に見られるようになっています。

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