古書 豊臣秀吉

豊臣秀吉

骨董買取・豊臣秀吉は、戦国時代から安土桃山時代にかけて実在した武将で、織田信長、徳川家康とともに、三英傑のひとりに数えられております。秀吉は、中国大返しや高松城の水攻めなど、数々の戦に於いて、機知に富んだ戦法を用いて勝利を収め、百姓という下層階級の身分から天下人にまでのぼりつめた功績が称えられ、「戦国一の出世頭」などと呼ばれることがあります。秀吉の出自に関して、文献や古書に書かれている説は、様々なものがあります。例えば、『太閤素性記』によれば、秀吉の父、木下矢右衛門は足軽であったとされております。また、竹中重門が記した『豊鑑』では、中村郷の下農民の子であったとされ、父母の名前は不明だったと書かれております。他に、秀吉の御伽衆である大村由己に書かせた伝記、『天正記』の中にも、彼の素性に関するいくつかの説が記載されております。例えば、『惟任退治記』には、「秀吉の出生、元これ貴にあらず」という記述があります。そのように、彼が低い身分の人間であったとされる文献がある反面、『関白任官記』では、母親の大政所の父は、「萩の中納言」であり、大政所が宮仕えをしたのち、秀吉が生まれたと書かれております。また、彼の実父、木下矢右衛門が死亡した後、母のなかが再婚した竹阿弥と秀吉との折り合いが悪く、秀吉は虐待に耐えかねて家出をし、侍になるべく駿河国に渡ったという説が有力なようです。しかし、『太閤記』には、竹阿弥が秀吉の実父と記されております。そして、「木下」という姓を、父親から引き継いだかどうかも疑問視されております。例えば、木下は、彼の妻、ねねの母方の姓だという説もあります。他に、『改正三河後風土記』によると、秀吉の出自は与助というドジョウすくいであったとされております。また、大工や鍛冶などといった職人や行商人、村長の息子、漂泊民など、さまざまな説がありますが、真相は定かではありません。まったく無名の町人が出世したという、戦国時代でも異質な存在なのです。

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