野田英夫

野田英夫

野田英夫 風景

野田英夫は1908年にアメリカ合衆国のカリフォルニア州で生まれた洋画家です。3歳の頃、熊本の叔父の元に預けられていますが18歳の頃に生まれ故郷のアメリカに戻っています。画家を目指した野田英夫は、ハイスクール卒業後にカリフォルニア美術専門学校に入学しており油彩だけでなく、壁画制作にも関わっています。この壁画制作が後の野田英夫を作り上げる大きなキッカケになります。1930年にメキシコの画家、ディエゴ・リベラに出会い、その製作助手を勤めるという大役に抜擢されたのです。このディエゴの独特な絵画方法や、芸術思想に大きな影響を受けた野田英夫は後の自身の作品に多大なる影響を受けたのです。あの有名なロックフェラーセンターの壁画制作においても、ディエゴは名指しで野田英夫を指名するほどであったそうです。そして、帰国後は二科展などに積極的に出品し、数々の名誉ある賞を受賞しています。当時のアメリカの不況による背景か、壁画制作が盛んにあったため、野田英夫はその壁画を通じて、美術家が社会の中でどのような役割を持たなくてはいけないのか、という事を真剣に考え自身の美術様式を生まれる瞬間に着目していきます。そんな野田英夫の作品のひとつ1936年に描かれた「風景」は砂ホコリが飛び交うような土の周りに生い茂る木々がある車道を描いた作品です。今にも雷雨や天災がおこるのではなかろうか、という鬱蒼とした空間で捉えた構図で不気味さと、普遍的な日常の優しさなども感じることができます。繊細で写実性に富んだその絵画方法や、陰鬱としながらも幻想的な雰囲気を最大限表現できる色彩の構図などはさすがです。そのほかにも「作品」と名付けられた何枚かのデッサンなども残っています。このデッサンも評価が高く、ファンの間でも人気の作品です。しかし、画家として一番乗り始めていた銀座日動画廊で個展の時、体調の変化に気付き、脳腫瘍と判明してしまい、手術の結果も虚しく30歳という若さでこの世を去ってしまっています。アメリカと日本のアートにおける、重要な橋渡しを行い続けた野田英夫。多く秀逸な作品を残し、日本の洋画界においても重要な人物であったことに誰も疑いを持つ者はいないでしょう。

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