宗偏流[四世]_漸学宗也_陸安斎

宗偏流[四世]_漸学宗也_陸安斎

 宗偏流四世宗也は、宗偏流中興の祖と呼ばれています。それにはおそらく二つの意味があるのでしょう。ひとつは、表千家の如心斎や裏千家の一燈宗室のように、広く町人に向けて茶の湯を広める契機を作り出したこと。もうひとつは、あまり表立って語られることがありませんが、宗偏流、山田家の血脈がここに統一されたことにも拠っているとも考えられています。宗偏から宗屋、宗逮へと分かれた山田家の血筋は、宗也の代に至って一本化されているからです。
 宗円の実子で、父から教えを受けながらも48歳の若さで他界したため、その後は、神谷松見から教えを受けることになります。神谷松見は、岡村宗伯に始まる宗偏流時習軒派の三代目に当たります。宗伯は宗偏の高弟でしたが、教えを広めることに熱心でなく、次男の宗恕が跡をついでから門弟が飛躍的に増加し、血のつながりがないにも関わらず、その後、託されたのが俊才・神谷でした。神谷松見は土井大炊頭の古河藩の侍医でもあり、その才は非常に豊かであったようです。ともあれ、神谷松見から教えを受けた宗也はその皆伝の暁に神谷松見から陸安斎の号を授かります。その返礼として、宗也宗偏伝来の号「力囲斎」を神谷松見に譲っています。大恩ある神谷松見とはいえ、一時外部に流出した号を再び外に出してしまうあたりがなんとも宗偏流らしい話です。
 そんな宗也ですが、茶道には大きな足跡を残しています。ひとつが茶の湯の教えを記した『陸安集』を著したことです。開祖宗偏が『茶道便蒙抄』で、初めて茶の湯を解説したように、『陸安集』もまた、非常に分かりやすく千家伝来の茶の湯の教えを解説しています。「大事な客が来るからといって慌てて茶の湯を整えるのは間違っている」「小さな茶室に客を招くのは、侘び茶人が小さな部屋しか持っていないからであって、大きな客室に招くのがおかしいということではないのだ」といったような実に軽妙に教えを説いています。また、江戸八丁堀に茶室を構え、広く千家の茶の湯を教えたことにより、当時「江戸千家」といえば宗偏流を指すまでになっていました。これは川上不白が登場するまで続くことになります。

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