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茶道具買取 川喜田半泥子

川喜田半泥子

 「東の魯山人、西の半泥子」などと言われ、日本陶芸界の大きな存在となった人物が、川喜田半泥子です。陶芸家でありながらも、政治家、実業家という顔を持っており、日本の文化を追求しつづけた重要な人物と言われています。 川喜田半泥子は大阪に生まれています。伊勢の豪商の家に生まれましたが、生まれてすぐに祖父と父が亡くなったことで1歳という年齢で川喜田家16代当主となってしまいます。祖母に育てられ、筆頭分家の川喜多四郎兵衛などからも教育を受けました。1903年に百五銀行の取締役に就任したことをきっかけに、数々の企業を合併、買収する実業家ぶりを発揮。三重県財界の重鎮として、三重合同電気社長や明治生命の監査役などを務める大人物となっていきました。
 川喜田半泥子は陶芸が趣味であったと言われており、陶工に作らせていたものに納得がいなかなかったことが自らの活動のきっかけとなっていったようです。50歳を過ぎてからの作陶生活ではあったものの、その類い稀なるセンスは、多くの陶芸家には及びもつかない素晴らしいものでした。茶道具なども制作しており、現在でも多くの茶人から高い評価を得ていることでも知られています。自由奔放に生み出される抹茶茶碗などは、友人などに分けていたそうですが、現在では非常に高価なものとなっています。
 文化活動を発展させていくために、「からひね会」を立ち上げ、全国の有名陶芸家達と関係を持ったことも有名です。「荒川豊蔵」「金重陶陽」「三輪休雪」など、誰もが知る人間国宝の作家達を支援しつづけました。実業家だからこそできる、この活動は川喜田半泥子の強い特徴のひとつなのではないでしょうか。1950年には銀行を退き相談役に。作陶生活の傍ら、文化支援活動を積極的に行っていたことでも、どんどん価値が上がりました。その価値は茶道具買取でも上がっていくでしょう。川喜田半泥子こそ、知っておくべき大作家です。

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