有島生馬

有島生馬

有島生馬

 有島武郎、里見 弴(さとみ・とん)とともに有島三兄弟と呼ばれた洋画家 有島生馬は、明治から昭和初期の日本画壇に大きな足跡を残した人物です。明治期の洋画家の泰斗・藤島武二に学び、その後ローマ、パリへと遊学。そこでポール・セザンヌら後期印象派に感銘を受けました。その画風は、優美にして大胆、冷静ながらもドラスティックと、相反する要素を内包しひとつの作品として止揚させています。そこには、相反する要素がぶつかり合う緊張感と、苦悶と闘いの果てに止揚されたという安定感と美しさがあると言っていいでしょう。
 また、彼は文筆家としても知られています。多くの随筆、翻訳を手がけた一方、志賀直哉らとともに同人『白樺』の創刊にも協力。自身は最初の渡欧後、自らの経験をもとに短編小説集『蝙蝠の如く』を発表。画家の直情と詩情が調和した珠玉の散文として高く評価されています。

 画業・文筆業に精力的に取り組む一方、画壇でも大いに活躍しています。日本に最初にセザンヌを伝え、当時硬直化を始めていた文展(文部省美術展覧会)を批判し、在野の美術団体「二科会」を津田清楓らと創設(大正3年)。さらに昭和11年には二科会から「一水会」を分離独立させるなど、美術界の成長と発展を促しました。大正10年、古い屋敷をアメリカ領事館から買い取り、鎌倉に居を移します。「松の屋敷」と呼ばれたその屋敷には、当時の画家、文人らが集い、あたかも芸術家のサロンのようであったと伝えられています。若き遠藤周作もそこに招かれ、非常に大きな影響を受けたそうです。有島生馬は何かを育て、成長させることが好きな人物であったのかもしれません。揺籃期の日本画壇を大きく成長させ、多くの画人・文人を世に送り出したその生き様は、彼の画風そのものでもあるのかもしれません。

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