裏千家[六代]_泰叟宗室_六閑斎宗安

 六閑斎について語られるとき、必ず話題に上がるのが、六閑斎の多彩な才能と卓越した美意識です。父・不休斎を早くに亡くし、11歳で代を継いだのち、わずか33歳でこの世を去ったために在世期間は短かったにも関わらず、多くの作品をこの世に残しています。
 幼くして父を亡くした六閑斎に茶の湯を指導したのは、表千家の宗匠、覚々斎でした。覚々斎は、六閑斎の祖父・仙叟宗室に茶を学んだこともあり、教えを返すように六閑斎に指導したようです。また、後に表千家を継ぐ如心斎は当時六閑斎より12歳ほど年上で、親しい間柄でした。六閑斎が絵を描き、如心斎が賛を書き込むなど、合作の作品も残されており、幸せな少年期であったようです。
 その後、16歳から松山藩に出仕するようになり、さらに松山藩の京屋敷留守居を申し付かるなど信任も厚く、江戸屋敷にも足繁く通うようになります。しかし、もともと体がさほど強くなかったこともあり、松山、京、江戸、そして時には加賀へと歩くことの多かった生活は、六閑斎に大きな負担となったようです。妻を失った失意から立ち直ることができないまま、江戸詰めするうちに33歳でこの世を去りました。品川東海寺に葬られたため、現在でも東京で六閑斎の追善茶会が開かれています。

造形の豊かさもさることながら、頃合が良く、茶味の深さが特徴

 短い在世ながらその美意識を讃えられるのは、彼の手になる作品が多いためです。絵画に優れ、また、年に似合わぬ老成した能書家であり、筆勢豊かな作品を多々残しています。また歌にも優れ、逝去する直前に江戸で残した「茶の道はたとるに広しむさし野の月のすむなる奥そゆかしき」は、茶の深奥に迫るものとして、川上不白ら多くの茶人に筆写され今日に残されています。
 また、茶碗では「丙午の茶碗」が六閑斎の手捏ね茶碗の代名詞になっています。造形の豊かさもさることながら、コロ(頃合)が良く、茶味の深さが特徴とされます。このころは門人が増え、手捏ねの作品を求められることが多かったために数十は焼かれたであろうと言われていますが、現存するのは10個ほどとも考えられています。手作りの作品の豊かさに比べ、六閑斎の好み物は多くは伝わっていません。千家道統をよく表した地味なものが多いのですが、匂立つような華やかさを持つ道具も散見されるのが六閑斎の好み物の特徴と言えるかもしれません。

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